1 医者は薬を勧める
1-1 私の体験談
10月28日に後期高齢者健康診断で検査を受けると、最高血圧が154で、測りなおしても152です。「血圧が高いですね。いつも高いのですか」「いいえ、自宅で測ると117前後ですよ」「じゃあ、もう一度測りますね」。結果は151です。
「自宅ではいつごろ測っていますか」「寝る前ですから8時50分ごろです」「数値はいつも同じですか」「ええ、130以上のことはありません。なんで今日はこんなに高いんだろう」。他の検査を済ませて帰宅しました。
血圧測定結果に疑問があるので自宅の血圧計を出して測ってみると、最高血圧が127最低血圧が71でした。2015年8月25日に購入したテルモのESーW100という血圧計です。まだ7年しかたっていないので狂っているとは考えられません。
健康診断で血圧を測定したのは30代の看護師さんです。美形とまでは言えなくとも十人並みの容貌の女性でしたが、おじいちゃんの胸の鼓動が高鳴るほどでもありません。かといって、検診センターの血圧計が狂っているはずもないでしょう。
20年ほど前に自宅で測定した血圧が220を超えたことがありました。血管が切れるのでないかと大騒ぎしましたが、220ぐらいで血管が切れたら、高血圧の人はすべて死んでしまいますよと笑われたことがあります。血管はかなり丈夫なようです。
血圧が220を超えたときに循環器病院で、ジルチアゼム塩酸塩徐放カプセル100mgの服用を勧められました。錠剤で14日分を受領しましたが、2日分を飲んで血圧が下がったことを確認するとごみ箱へ捨てました。
二週間後に検査のため循環器病院を訪れると薬を出しますといいます。血圧が下がったのでいりませんと答えると、薬は全部きちんと飲んでください。悪化しても知りませんよといいます。そんな馬鹿なことがあるかと薬の受領を拒絶しました。
宇多川久美子薬剤師の「薬で病気は治らない」を読むと、私の判断は間違いでないことが分りました。薬はその時の症状を抑えるもので、長期間飲み続けるものではなかったのです。
1-2 メタボ検診の問題
宇多川久美子薬剤師は、薬を使わない薬剤師として活動されています。「薬を使わずにどうやって病気を治すの」とよく質問されるそうです。多くの方は「薬を飲めば病気が治る」と信じているようです。でも、本当にそうでしょうか。
医学は日々進歩しているはずです。毎年、たくさんの新薬が承認され、すぐれた医療技術が次々と世の中に出てきます。ほんとうなら、病気が治って健康になる人が増えていくのが当然でしょう。
私自身も、担当医の指示のままに「これは新しく発売された、とってもよく効くお薬ですよ。副作用も少ないと言われています」と、患者さんにどんどん新薬を出していました。
もちろん新薬が出るたびにそれがどんなに良い薬なのかは、製薬会社の勉強会に出席したり、資料を読んだりして勉強もしていましたし、その薬を飲むことでみんなが健康を取り戻せると信じていたのです。
ところが、病気を抱える患者さんの数も医療費も増加の一途をたどるばかり、1人ひとりの患者さんが飲む薬の種類や量も、年を追うごとに増えていく一方だったのです。
医学が進歩すればするほど患者が増え、薬漬けになっていく…目の前に立ちはだかる矛盾は、薬剤師である私にとって、徐々に無視できない大きな問題となっていきました。
2000年に厚生省(現、厚生労働省)が「生活習慣病を予防するために生活習慣を改善しましょう」 というプロジェクトをスタートさせました。みんなが健康になれば、増大していく医療費を抑えることができるだろうというわけです。
そんな流れの中で「メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群・代謝症候群)」という病名と「メタボ検診(特定検診・特定保健指導)」が登場しました。深刻な事態になる前に、食生活や運動習慣などの日常生活を改善すればいろいろな病気を予防できます。
1-3 自覚しない患者さんたち
ところがメタボ検診が義務化されたのをきっかけに、薬を服用する患者が一気に増えていくことになってしまったのです。メタボリックシンドロームの診断基準が「数値」として決められ、数値が決められると数字のマジックが生じることになります。
注意を喚起しなければならない人を見逃さないため、多少低い数値でも「要経過観察」や「再検査」と言った判定が出るようになり、それまで健康とされていた人が病人と診断されるケースが急増してしまったのです。
問題となるのは内臓脂肪で、外からでは皮下脂肪か内臓脂肪かわかりません。メタボ予備軍の場合、内臓脂肪量や糖尿病・高脂血症・高血圧症などに対する積極的な治療により生活習慣病のリスクを下げるとされているのですぐ「薬」となってしまいます。
メタボリックシンドロームの診断基準が数字として決められた結果、患者数が急増し医療費もますます増大していくことになってしまったわけです。まさに、数字のマジックと言ってもいい現象です。
メタボ検診の本来の目的を考えれば投薬に踏み切る前に栄養指導や生活指導などがしっかり行われるべきで、メタボ検診で「要経過観察」や「再検査」と判定された人に対する有益な指導も実施されています。
ところが、看護師や栄養士がどんなに熱心に指導しても、大多数の人はなかなか自分の健康と結び付けて考えることができず、ピンとがこないことが多いようです。つまり、自覚できないのです
病院での栄養指導や生活指導には診療報酬点数がほとんどつきません。そのため多くの医師はメタボ検診の結果を見ながら「生活習慣を改めてくださいね」とか「少しやせないとまずいですよ」などと助言はします。
そして「とりあえず、軽い薬を出してようすを見ましょう」と薬を処方してしまうのです。それは私たち薬剤師でも同じです。
現場で1人ひとりにきちんと薬の話をしたり日常生活で注意すべきことをお話ししたいと思っても、それでは大勢の患者さんを長時間またせて迷惑をかけることになってしまいます。まして、医師が処方した薬について薬剤師があれこれ言えるはずがありません。
1-4 病院教と薬信仰
白衣を着た薬剤師として患者さんの前に立つ限り「こんなにたくさんの薬を一度に飲んでも大丈夫だろうか…」と不安に思いながらも、自分の思いとは裏腹に「飲み忘れのないよう、しっかり飲んでください」と言わなければなりませんでした。
それに加えて、患者さん側の問題も浮き彫りになってきました。薬を出してもらったことで安心してしまい、日常生活の見直しまでしてくれる人は、本当に残念なことですがきわめて少数派なのです。
もし、検診で何らかの病気が発見され、すぐに治療が必要とされるほどの検査結果がでたのなら薬を服用することも必要です。でも、薬を飲むだけでは意味がありません。薬を飲んでとりあえず数値を下げつつ、根本的な治療を行わなければ健康を取り戻すことはできません。
ところが多くの人は、病院でもらった薬を飲んでさえいれば、必ず健康になれると思い込んでいるのです。まるで「病院教」「薬信仰」の信者そのものです。
その結果、生活習慣を見直して、薬を服用せずにすむ健康な人が増えるどころか、逆にメタボ検診をきっかけに病院で薬を処方され、服用を開始する病人が急増していくことになってしまったのです。
しかもそうなると、言葉は悪いけれどあなたは医師にとって一生のお客様…エンドレスの関係が続くことになってしまうのです。薬はそのほとんどが自然には存在しない合成化合物で、人の身体にとっては「異物」だということです。
あなたは、医師が処方してくれた薬は絶対安全だと思っていませんか。そのせいか、自分が飲んでいる薬がどんな成分の薬なのかも知らないし、自分が飲んでいる薬の名前も知らない人が多くいます。
1-5 薬の副作用
薬を服用して血圧が下がれば、医師から「これで安心ですね」と言ってもらえるし、患者さん本人もホッとするでしょう。しかし、効きがいい薬ほどどこかで悪さをしていることは確実で、副作用のない薬なんてありません。
では、副作用とはいったいどんなものなのでしょう。そのメカニズムにはいろいろあるのですが、ごく簡単に説明しておきましょう。薬を飲むとその成分は身体を巡りますが最後は酵素で分解されます。
たとえば、血圧の薬の成分もある程度の時間が経つと、肝臓から出る酵素によって分解され手無害なものになり最終的には体外に排出されます。この解毒作用は人によってかなり差があり、薬の副作用がいつどんな形で現れるかは人それぞれなのです。
かっての私は、「きちんと薬を服用することこそが患者さんのためになる」と信じて、飲み忘れの多い人に対しては「薬を飲んだらカレンダーに○をつけましょう」とか「薬をもらったら1日分ずつ袋分けしておくと飲み間違いや飲み忘れを防げますよ」などとアドバイスしていました。
また、たとえば医師に血圧の薬を処方された患者さんにこう話しかけていました。「血圧の薬は一生のお付き合いですからね。しっかり飲んでください。いっしょに、ゆっくりお付き合いしていきましょう」。患者さんは笑ってこう答えます。「先生にもそういわれたわ」
それを私は当たり前のことだと思っていました。でも、ふと思ったのです。「一生のお付き合いということは、結局、病気を治せないということなんじゃないかしら…」。そして、私は少しずつ疑問を感じるようになっていったのです。
メタボ検診を義務化した背景には、まず検診でメタボリックシンドロー予備群を発見し、生活改善をしても数値が下がらなかったら薬にしましょうという大前提があったはずです。
でも、現実には、少しでも「要経過観察」や「再検査」の数値が出たら「まず軽い薬から」と処方されることが圧倒的に多いのです。薬を出さずに生活改善の大切さを熱心にで説明して「一か月後にまたいらっしゃい」と言う医師はほとんどいないでしょう。