1 設計事務所は必要か
大規模修繕はマンションにとって死活問題となるほど重要なイベントです。マンションも人間の体と同様に歳を取るにつれて傷んできます。人間は体の不調を感じると病院へ行きますが、マンションという建物の同じように考えるべきです。
マンションが傷んできた時のメンテナンスはどうすべきでしょう。どのようにして無関心な住民の理解を得て、納得してもらいながら進めていくべきでしょう。管理組合が単独で進めていくのはかなりの時間と労力がかかります。
建物を健全に維持しながら財産的な価値を守るには、専門的な知識と豊富な経験を積まれた良きパートナーが必要になります。パートナーの見つけ方やパートナーにお願いする業務内容などを説明していきます。
1-1 設計事務所の選定視点
ア. 建物の原状をきちんと把握できるか?
築年数、立地からなる劣化状況の調査・診断が重要です。
イ. 管理組合に精通しているか?
理事会、修繕委員会の仕組みや管理規則に則った進め方が必要です。
ウ. 長期的な観点でのアドバイスができるか?
長期修繕計画の作成、見直しの相談に適切に答えてくれることが必須です。
エ. 一級建築士が在籍しているか?
マンションという特殊建築物には幅広い知識が求められます。
1-2 設計事務所の選定方法
ア. 選定の参加基準を決め、同じ条件で募集
事前に簡易の建物調査診断をしておくことをお勧めします。
イ. マッチングサイト、新聞(専門紙)での公募
マッチングサイトとは、求める者と提供が可能な者との間を仲立ちして結びつけ
るサービスを提供するサイトのことです。
札幌市内の設計事務所は、「一般社団法人北海道建築事務所協会」の「札幌支部
会員名簿」で「名称・代表者名・所在地・電話番号など」を検索します。
ウ. 組合員からの推薦など
応募の中から書類選考で5社程度に絞り、見積依頼、ヒアリングの実施でパート
ナーを選定します。
※ 設計事務所の選定事例
第39章 大規模修繕への道(5-2)をご覧ください。
1-3 設計事務所に望むこと
理事会と修繕委員会は、大規模修繕にあたって専門的な判断を求められます。
・ 改修設計、仕様書、工事内容、工事金額、工事監理、アフターフォローなど。
管理組合の立場を尊重し、大規模修繕工事をリードしてくれる専門家の力を借りることで、理事会と修繕委員会の負担を軽減できます。
1-4 設計事務所を入れる利点
ア. 組合員の立場で提案する専門技術者がいるのは心強くなります。
イ. 調査診断・設計・施工業者選定・工事等、各段階で適切な判断・アドバイスをいただ
けることが重要です。
ウ. 工事が契約通りに実施されているか、一級建築士に検査をしてもらえます。
1-5 設計事務所への要望
計画から竣工まで二人三脚でアドバイスできる設計事務所を探すことが必須となります。
ア. 組合内の事情を把握してくれるか。
イ. 全組合員の希望を掌握してくれるか。
ウ. 理事会・修繕委員会の苦労を一緒に分かち合えるか。
エ. 理事会・修繕委員会の負担を軽減できるか。
2 調査と診断
2-1 建物の調査診断
建物の調査診断は「工事着工の2年前」が目安です。調査診断で建物の現況を調査し、劣化状況の発生範囲や原因を確認します。
具体的には、外壁や塗装のひび割れ・浮き・爆裂、タイルのひび割れ・浮きなどの劣化状況を確認します。
2-2 建物の現況を周知
建物の状況を分りやすく伝えるため、各項目について調査診断結果を掲示します。居住者に建物の状況を把握してもらうことで、大規模修繕に関心を持ってもらうことが重要です。
2-3) アンケートの実施
居住者の関心を喚起し、問題点を収集します。
3 設計の実施
大規模修繕の設計は「工着工の1年前」が目安です。
3-1 工事仕様と工法の検討
・ タイルや塗装の浮き、タイル・壁・天井・床のひび割れなどに注目。
ア. 調査・診断に基づいた実数清算による設計予算を提示して優先させる。
イ. 工事範囲、項目を絞り込む。
ウ. 居住差アンケートも含めて検討。
3-2 資金計画の検討
ア. 大規模修繕工事は、今回だけで終わるものではありません。
イ. 組合員の積立金を大事に活用しなければなりません。
ウ. ムダ使いせず、中長期的な視点が必要です。
3-3 工事内容の周知
説明会を実施。
工事の内容と予算はもとより、「住環境がどう改善されるか」を伝えることが設計監理者の大きな使命です。
4 施工会社の選定1
大規模修繕工事の施工会社選定は「工着工の半年前」が目安です。
4-1 施工会社選び
ア. 参加基準に適合した会社か
技術力、経営状態、施工実績など募集条件。
イ. 安全面の配慮をどう考えているか
居住者だけでなく、近隣住民への安全面も含む。
ウ. 担当技術者の対応能力と資質
不明点を質疑し、回答内容だけでなくその対応力も考慮。
設計事務所がサポートすることで、幅広く透明性・公平性のある選定ができます。
4-2 条件付き公募
信頼できる施工会社「3つ」の募集条件。
ア. 高い技術力
特定建設業登録、技術者の常駐。
イ. 安定経営
経営審査事項によるチェック。
ウ. 施工実績
元受け工事実績が豊富、死亡事故がない。
見積書、提案書内容でチェック。
例1.敷地内の動線計画を提示(資材の搬入経路など)
例2.高齢者、小さな子ども、障がい者への配慮。
4-3 具体的な条件例
項目 | 条件の例 | 備考 |
---|---|---|
資本金 | 2,000万円以上 | |
建設業登録 | 特定建設業 | × 一般建設業 |
元受け実績 | 3年間で5件以上 | 下請けを除く |
経営審査事項 | Y点650点以上 | |
技術者人数 | 常駐可能 | 有資格者 |
死亡事故 | なし | 過去3~5年間 |
4-4) 経営審査事項
経営事項審査結果は、国土交通省及び都道府県からの委託を受けて一般財団法人建設業情報管理センターが公表しています。これは、競争参加者選定手続の透明性の一層の向上による公正さの確保、企業情報の開示や相互監視による虚偽申請の抑止力の活用といった趣旨に基づいて行われています。
施工会社の通知表(成績表)のようなもので、同一基準で評価されています。誰もがインターネットから無料で入手できます。公表されている経営事項審査結果(経審結果)は「一般財団法人建設業情報管理センター」へアクセスしてご覧ください。
Y点は、経営状況分析の結果に架かる数値で経営の安定性を示しています。経営状況が安定しているかどうかの基準は650点ですから、650点以上が優良な施工業者とされてます。
4-5 業者選定の流れ
項目 | 条件などの例 | 設計事務所の業務 |
---|---|---|
業者募集 | 条件を決めて公募 | 応募条件案の作成 |
書類選考 | 応募条件により一次審査 | 審査一覧表 |
見積依頼 | 5~10社程度に図面配付 | 見積査定・見積比較表 |
聞き取り | 施工業者との面談 | 競争方式を導入、高品質と工事費削減の両立 |
契約 | ||
パートナーは契約に立ち会い、補償等で不利にならないようアドバイス |
パートナーとは、当該マンションの大規模修繕工事を担当する設計事務所の一級建築士を指します。
4-6 選定スケジュール
期間 | 作業内容 | 備考 | 判断 |
---|---|---|---|
一週間 | 募集条件決定 | ||
二週間 | 募集開始 | ||
一週間 | 書類審査 | 条件を満たしているかの確認 | |
二週間 | 見積依頼 | 5~10社程度 | 設計図仕様書、内訳 |
二週間 | 見積受領 | 2~3社 | 見積書査定書、見積比較書 |
ヒヤリング | 1社選出 | 理事会へ答申 |
5 施工会社の選定2
5-1 見積依頼の書類
ア. 設計図面、仕様書、見積内訳書
平面図、立面図、特記仕様書、数量のみ記載。
イ. 見積要領書
支払い条件、工事期間、作業時間、補償期間、完成保証、アフターフォロー等が明
記。見積金額に影響を及ぼす項目はあらかじめ通知。
ウ. 仮設計画図と工程表の提出
エ. 提案書の作成
5-2 見積比較のポイント
大規模修繕工事の適正金額を掌握。
ア. 単価を比較し、極端に安ければ理由を確認。
最安値の会社を無条件で選定しない。
イ. 見積内容の査定を行い比較表を作成。
ウ. 提案書の内容を比較。
5-3 見積書の査定
各社の見積書を比較してわかること。
ア. 単純な勘違いや入力ミスのチェック。
イ. 工事単価の適正チェック。
ウ. 見積書の疑問点を各社に確認する。
5-4 提案書の査定
各社の提案書を比較してわかること
ア. 居住者の住環境に対する配慮の差。
イ. 安全・防犯対策への配慮の差。
ウ. コスト削減の提案の差。
エ. 自分のマンションのように真剣に取り組む姿勢と熱意の差。
5-5 見積査定の例
例:132戸、外壁タイル、塗装、概算11,460万円。
項目 | A社 | B社 | C社 | D社 |
---|---|---|---|---|
価格 | 10,300万 | 9,900万 | 9,450万 | 8,200万 |
価格差 | +2,100万 | +1,700万 | +1,250万 | 0 |
概算比 | 89.6% | 86.1% | 82.2% | 71.3% |
提案書 | 70点 | 90点 | 70点 | 40点 |
結果 | ヒアリング | 選定 | ヒアリング | 落選 |
5-6 ヒアリングの流れ
ア. 見積参加業者から2~3社に絞り込んで実施。
イ. 見積書+提案書(テーマは事前に通知する。)
ウ. 修繕実績の裏付けと技術力を総合的に審査する。
テーマの例:安全に関する配慮、住民に対する配慮をどう考えるか。減額提案はどのような方法があるか。
5-7 施工会社選び
現場監督の予定者に出席してもらい、コミュニケーション能力を確認します。
ア. 現場監督の人柄
イ. 問題解決の提案力
ウ. 的確に答える能力
エ. 組合員目線での対応力
オ. 分りやすい説明
住民とのコミュニケーション = トラブル防止。
5-8 ヒアリング時の質問例
ア. 全体工程、スケジュール(組合員合意の方法、時間)
イ. 担当予定者の実績
ウ. 建物の劣化、破損個所への対処方法
エ. 組合員の情報共有化の方法
組合員の「悩み」を集めて質問する。
5-9 業者選定のポイント
ア. 居住者の生活に支障をきたさない。
イ. 十分な人数の安全警備員を配置。
ウ. 防犯対策をしっかり行う。
エ. 長期休暇時の対応(連休、夏季休暇)。
オ. 事前連絡を徹底する。
カ. 予定を居住者に無断で変更しない。
6 改修施工と工事監理
6-1 保証方法の確認
万が一、施工業者が倒産・・・その時の備えが重要です。保証方法は保険と工事完成保証人の二通りがあります。さらに、瑕疵保険、完成保証の2つの保険に加入してもらうことでリスクを軽減します。
これまでの殆どの工事では工事完成保証人=同等クラスの施工会社を立てています。
工事の契約は、民間(旧四会)連合協定の工事請負契約約款による内容になっています。
工事が始まる前に、大規模修繕工事の契約を組合員に承認いただく総会を開催し、その後に工事に関する説明会を開催します。
6-2 工事の監理
いま、どのような工事を行っているのかが常に分かるように、工事監理の報告を組合員が目にしやすいエントランス・ホール等に掲示します。工事期間中は二週間程度の工程表と、直近の工事内容を掲示します。
工事を優先するあまり、組合員を無視して施工会社主導で勝手に工事が進められた、時間外はもちろん夜間や休日での工事、降雨降雪予報にもかかわらず塗装工事をするなどということを黙認してはいけません。
また、組合員からの声を聞けるように、掲示板のそばには「意見箱」を設置します。組合員が工事の予定を事前に把握できるように、周知徹底するのも工事監理の役目です。
7 継続的な維持管理
7-1 アフターフォロー
工事終了後はやりっぱなしではなく、次の修繕まで健全に保つ必要があります。このため、竣工後1・2・5・7年目で、管理組合・設計事務所・施工会社の立会で点検を実施します。
不具合箇所が発見された場合は、直ちに補修をすることで建物が長持ちします。10年めまでは絶景事務所による点検が行われます。
アフターフォローの結果報告書は組合員が目にしやすいエントランス・ホール等に掲示します。
7-2 長期修繕計画
マンションを購入時のままにしていませんか。建物は一度造れば大丈夫ではありません定期的な見直しが必要です。
建物を適正に維持管理し、快適な住環境を保っていくために、長期的な展望に立って修繕時期や内容、費用などについて的確な長期修繕計画を作っていただきます。
設計事務所選びで重要なのは、組合員と同じ気持で考えてくれるかどうかです。調査診断、設計、施工会社選定、工事監理、工事後のアフターなどの業務がありますが、工事終了後もあなたの住環境を守ってくれることが重要です。さらに、居住者による要望の反映や修繕箇所や修繕項目の優先度の提案をしてもらえることが、快適なマンション生活への一歩になります。
大規模修繕工事に必要なことは、組合員の意識、良い設計事務所を見つける、長期にわたる修繕・資金計画です。大規模修繕工事を成果させるには、管理組合・設計事務所・施工会社のコミュニケーションが欠かせません。