はげちゃんの世界

人々の役に立とうと夢をいだき、夢を追いかけてきた日々

第9章 いとしのジェニー

初めて購入した店頭展示パソコンにジェニーという名を付けました。ワープロのように中々云うことを聞いてくれませんが、Excel の前身である Multiplan に出会えました。部品を交換してアップグレードしているうちにマザーボードが焼け焦げてしまいました。

1 おい、ほんとうかい

長い間、嫌な顔もせずに付き合ってくれたワードプロセッサ。年から年中5時間以上も働き続け、時には18時間連続という激務にも耐えてきた文豪の5V。作成した文書の件数は思い出すことができず、保存されている文章類は五インチのフロッピィに40枚をかぞえる。

ワープロは歳をとってきた。電源スイッチの周囲はもちろん、フロッピィ出入口の塗装もほとんどハゲて私の未来を予言している。目を保護するフィルタには九本のヒビが入り文字が見えにくくなってきた。時々プリンタのヘッド送りベルトが空回りして、大幅に印字がずれてしまう。部品を取替えたくても、保存義務期間が過ぎているからメーカーに在庫はないと思われる。

壊れたらどうしようとグチッていたら、新しいのを買えばと妻が云う。まもなく壊れそうだというだけで使えないわけではないが、定価で70万円もしていたマシン達を手放すのは勇気がいる。最新のワープロは機能が増えているので、情報がほしいと飲み仲間に相談した。どうせ買うならコンピュータにすべきと云う。

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「この歳になって、フォートランやコボルを覚えろってかい。無茶だよ」

「そうですよ。そんな銀行が使うようなコンピュータを買ってどうします。パソコンでいいんでしょ」

「パーソナルコンピュータかい。でもさあ、MS-DOS もベーシックも分からないよ」

「わたしだって知りませんよ。最近のコンピュータは誰でも使えるようになってるんです。備品管理をやるんでしたらパソコンでなければ無理ですし、いろいろ面白いことができますから決めてしまえば」

「でも、ワープロよりかなり高いでしょう」

「値段ですか。機種にもよりますけどあまり変わりませんよ」

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デモ機を借りてみたら、売り場へでむいて比較したら、使っている人に聞いてみたらと助言をいただくのだが、質問しようにも何ひとつ知識がない。自慢じゃないがこの歳まで、コンピュータにさわったことはもちろん、質問できるほどの疑問も待ったことはない。

さまざまなカタログを集めてみたが、使用されている熟語の意味が分からない。学生時代の英和辞典にないスペル、国語辞典にないカタカナ語の多さ。習ったこともない単位にイライラしてきた。呼びかけに答えて飲みにいくと、いつもの顔が待っている。

「決まりましたか。えっ、まだ。なんで迷ってるんですか。だいじょうぶですよ、すぐ慣れますから」

「ウインドウズとマッキントッシュのどちらが良いか分からないし、だんだんイヤになってきた」

「職場だけでなく、自宅でも使うんですね。それなら決まりですよ。マックです、マッキントッシュを選ぶべきです」

「どうして」

「おじさんでも使えるから」

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かくして Macintosh LC-575 というコンピュータが届いた。プリンタやキーボードを接続し、使ってみて不都合があれば連絡してくださいと専門家は帰った。席をゆずって窓ぎわへ移されたワープロの文豪がじっとながめている。驚くほど薄い説明書を開いてみたが、書かれている用語の意味がまるで分からない。

電源を入れるのは簡単だが、終了のさせ方が不安である。操作を誤ったらソフトウエアを台無しにしたり、貴重なデータを消してしまうという。トラブルを起こしたら、すぐセールスマンが来てくれるわけではないし、明日の朝9時前に電源を入れてみよう。何かあれば出社時に連絡がとれるだろう。

「そんなに時間はないんだ。」と、文豪がはなしかけてきた。

「徴収金の日計表や給料の計算表がいるんだろう。おれの状態がどうなのか、あんたの身体は感じているはず。いそいでくれよ、おじさんでも使える機械なんだろう。」

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恐る恐る電源スイッチを押すと、ポワーンという音をたててコンピュータが目覚めた。明るくなった画面に様々なものが現われ、全体がグレーになると画面は静止した。リンゴのマークやゴミ箱の絵をながめていたがコンピュータはなにも云わない。心が通じ合えるまでには少々かかるだろうと、説明書を開いて手順をたしかめながら電源をおとした。ふーっと息がもれる。

「変わっていないね、あんたわ」と、じっと見ていたワープロがふきだした。

「おれとの出会いもそうだった。気後れや人見知りをしてどうなるんだい。相手はアメリカ生まれの積極派だよ。雪のように白い肌、カリブの海のように澄んだ青い目、風にゆれてきらめくブロンドの髪。彼女の名はジェニー。ジェニー・マックはすごい美人だぜ」

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2 あせらないで

生まれたときからマックを使っていたのではとうわさされる男がやってきた。プロがデータの入ったフロッピィを持参し、圧縮データを解凍するためジェニーにはなしかけている。

そういえば彼のマックも女性である。意味不明の文字を入力したり、誤操作をしたときにマックはピアノ音を発して間違っていることを知らせてくれるのだが、彼のマックは「ジュンちゃん」とやさしくささやきかけるという。

信頼できる情報によれば彼の愛妻の声というが、おじさんには考えられない設定である。コンピュータの使い方で分からないことがあったら電話してくださいと言い残して彼は帰った。

タクシーにコンピュータを積んで自宅へ運び、ジェニーなどという名前をつけたことは伏せて大蔵大臣の検査をうけた翌朝、勇気をだしてハードディスクのあちこちを開いてみた。

コントロールパネルやハイパーカード、スクラップブックや電卓などをみてもそれほど感動はない。そういえば、コンピュータの購入を決断させた友人が入れてくれたゲームを思いだした。電話があったのは二日ほど前のことである。

「どうですかマックわ。いまなんに使ってますか」

「なんにも」

「どしたんですか。使ってないんですか」

「時々はスイッチをいれてるよ。画面をながめてるだけ、だけどね」

「だめですよぉ、そんなんじゃあ。ゲームはやってないんですか」

「外国製のかい。説明が英語だからわかんないよ」

「んもうー、だめなんだから。帰りに寄りますから絶対いてくださいよ」

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気後れを叱ってくれる友人はありがたいものと目頭が熱くなってくる。使わなければいつまでたっても慣れないでしょう。友人は専用バックからポータブルのコンピュータとケーブルを取り出し、まだ紹介もすんでいないジェニーに接続してしまった。

双方のスイッチをいれると、オジさんにでも楽しめるという説明や解説がなくてもいいゲームをコピーしはじめる。スナックで陽気にさわいだ帰り道、忘れていた疑問を思い出した。

「さっきさ、コンピュータの画面にアイアンボールってファイルがあったでしょう。あれはなにさ。」

「見ましたね。ゲームですよ。どんなゲームか当ててください」

「ゲームなの。分かるわけないよ」

「有名なゲームですよ。分かりませんか」

「鉄の玉なんてゲーム、聞いたことないな~ぁ」

「良く考えてください。国民的ゲームのことです」

「国民的???」

「降参ですか。パチンコ、パチンコのゲームですよ」

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GMというファイルを開くと様々なゲームが入っていた。制作者のご好意で無料で使ってもいいフリーソフトであるという。インベーダーやパックマンもどきを開いてみると、ワープロのカーソルにあたるポインタがみえなくなった。

マウスをこすっても、矢印キーを押しても画面に動くものはない。あわてることはないと一時間ほど放置したが反応はない。壊れるようなことはしていないと思っても、ひたいに冷や汗がにじみでる。恐れていた救急車を呼べないトラブルがおきた。更に一時間が過ぎ、申し訳ないが友人宅へ電話をかけた。

「どしたんですか。動かないんですか。じゃあ、コマンドキーとコントロールキーを押しながら、パワーオンキーを押してください」

云われたとおりにキーを押すと、ジェニーは開き放しのファイルを次々に片付け、自分で電源を切ってしまった。

「そうですよ、便利でしょう。これは強制終了キーっていうんです」

ハードディスクに入れてあるソフトと追加したソフトの相性が悪ければ、ソフト同士がぶつかりあってコンピュータの動作を止めてしまうことがあるという。

「なにか入れてませんか。ぼくの入れたソフトは問題ありませんよ。」

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そう云われれば心当たりがある、どころではない。書店からフリーソフト・ライブラリという本を購入し、おもしろそうなものをコントロールパネルやハードデスクに入れていた。おそらく、これらとゲームソフトがぶつかったのだろう。

ゲームソフトをフロッピイへ移動し、コントロールパネルに入れたものをすべてディスクトップへ取り出すと反応もスピードも元へ戻った。相性の悪い奴をやつけなくてはと意気ごんでみたが、どれが越後屋かさっぱりわからない。投げようか、もとへ戻そうかと悩んでいるとき、はじめてジェニーの声が聞こえた。

「そんなもの入れるの、わたしのこともう少し知ってからでもいいんじゃない。」

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3 踏んだり蹴ったり

出会いより三ヶ月目にして、やっとジェニーの声を聞いた。もちろん人間のような声ではないが、身体中がその波動を感じていた。

若いころプール水浄化装置の運転を担当していたとき、異物のつまり具合で機械の音が異なることに気づいた。浄化装置の濾過器に金網状の容器が入っている。汲み上げられたプールの水はこの中を通過して浄化槽へ送り込まれ、機械が可動しているあいだは高速で流れる水の振動音が聞こえていた。

金網容器に髪の毛やキズテープがつまると水の流れが思わしくない。風に飛ばされたポリエチレンの袋や、スーパーのレジ袋が吸い込まれると水の流れは妨害される。だから、パンツや水泳帽がつまると機械は悲鳴をあげた。

慣れてくると微妙な音の違いで分解掃除が必要かどうかを判断できるようになる。機械がはなしかけてくる、と思えるようになると親しみが増す。会話ができるようになると機械は故障しなくなる。

「遊ぶのもいいけど、50代に入ってコンピュータを買った理由を思い出しなよ」ジェニーに席をゆずって窓側へ移されたワープロが怒りだした。

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「おれが壊れたら仕事ができるのかい。マルチプランを使えるようになるまであんたは八ヶ月もかかった。ロータスやエクセルはもっと優れた計算ソフトだよ。その歳ですぐに覚えられると思ってるのかい。おれの状態がどうなのかあんたの身体は感じてるんだろう」

アルコール性硬化症となった脳ミソにブラックコーヒーを注ぎ込んでも、通勤途中に目を通す分厚い本は睡魔の味方。降りる駅を通り越すたびにコンピュータなんか買わなければ良かった。慣れた会社のワープロを買っていればと、グチをこぼしながらメガネをぬぐう毎日が続いた。

当然のことながら、急いでいるときは慣れているワープロ文豪5Vの出番である。電源スイッチを入れて原稿枠を画面にだす。徐々にます目が埋まりはじめたとき、システムフロッピィが入っているゼロ番側でガシャと音がして画面の下段に文字があらわれた。

「読み取り障害発生。電源をきって再投入してください」

云われたとおりに電源を再投入したが文豪はシステムフロッピィを読めなくなっていた。あわててワープロのカバーをはずし、フロッピィディスクドライブの部分を振ってみた。ゼロ番側の内部で部品がはずれおちている音がする。精密部分だけに修理は不可能、交換できるユニットはもう販売されていないだろう。カバーを元通りにすると頬をあついものが流れ落ちた。

「待ってくれたんだね、エクセルの使い方が分るまで・・・」」

はなしかけても答えは返らない。

「ありがとう、十年以上も助けてくれて。すばらしい、すばらしい友だったよ、お前は」

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書きなぐったメモ類を集めて、コンピュータでどうにか原稿は再現できた。目を閉じていても理解し合えた友は去り、失意のどん底から這い上がろうとするハゲ(筆者の代名詞)が声をかけても、ジェニーはなかなか心を開かない。

かたわらに広げた説明書を読みながら操作しているというのに、マウスの行く先を示すポインターを隠してしまう。おろおろしながらそっとマウスを動かし、キーボードにやさしく触れているのに、ハゲのジッコは嫌いよと身を硬くする。

このようなフリーズ(コンピュータが反応しなくなる現象)が起こると初心者の手には負えない。販売会社のインストラクターがくれば涼しい顔で動きだし、多忙で来れないとわかればストライキ。」

退勤時間が過ぎてから駆け付けてくれた友人や、同様な製品を持っている知人達も原因がわからず首をひねる。こんな現象が頻繁に起きるのは、きっとジェニーに嫌われているせいだろう。相性が悪いならしかたがないと返品の決意を固めた途端、プリンタは黙り込んでしまった。

飛んできたインストラクターに説得されジェニーは健康診断を受けに東京へ旅立った。最悪の場合はハードディスクを交換しますと云っていたが、あれから一ヶ月が過ぎても音信はない。元気な顔をみせるのはいつの日のことだろう。

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4 ジェニー、マイラブ

ジェニーは5月の連休前に戻ってきた。代替機をどかせて配線を元に戻すと女振りが一段とあがっている。やはり、一箇月ちかくも東京へ行っているとどことなく洗練されたような感じがする。インストラクターがすべての配線を再確認して電源を入れた。ボワーンという音をたて画面がしだいに明るくなった。

「ずいぶん日数がかかったね。ハードディスクの交換は大変なんだ」

「いえ、ハードは交換してません。プリンタドライバーを最新のものと交換しましたから、もう大丈夫です」

「ええっ、ハードは交換してないの。フリーズもプリンタドライバーのせいなの」

「もっとも新しい、でたばかりのドライバーを入れましたから、今度は大丈夫ですよ」

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約束が違うと割り切れない感じもあったが、問題をおこさずに動くならそれでもいい。足元の床に置かれた代替機に、納得するよりしかたがないよなと目ではなしかけたら、答えもせずにジェニーを見上げている。

「おまえ、どこ見てるのよ」

「えっ。なんか、云いましたか」

「あっ。いや、なんでもない」

インストラクターの反応を打ち消しながら、代替機を持ち上げて画面を逆方向へむけた。(やあい、スケベヤロー。これで下から見えないだろう)。

「プリントできるような、文章の入ったフロッピイはありませんか。印刷の状態を見たいんですが」

「文書なら腐るほどあるよ。A判にびっしり詰まってる、のがいいっか」

フロッピィ内の文書を選んで画面にだすと、プリンタの電源を入れて操作パネルの表示を確認していたインストラクターが印刷の指示を与える。コンピュータはプリンタへ印刷データを送信し始めたが、数秒で画面が静止するとプリンタも止った。フリーズである。

「おかしいな、どうしたんだろう」

「冗談じゃないよ、直ってないじゃないか」

「会社で印刷したときは、何回試してもちゃんと印刷できたんです。ドライバーは接続されいるし。プリンタの選択も間違いないし、どうしてだろう。変だなあ~」

「マイナスだかプラスだか知らないけど、ドライバーを取り替えてもこれじゃあ前と同じでしょう」

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インストラクターはシステム内部を調べていたが、はっとしたような顔で頻繁に使用するワープロソフトの情報を開いた。

「そうかやっぱり。アプリケーションのメモリーが少なすぎたんだ。推奨サイズよりも少々大きくしておきますから、今度は大丈夫ですよ」

印刷はスムーズに流れ、12ページを連続印刷しても止らない。しばらく使ってみてくださいと彼は帰ったがなにかしら不安と不満だけが残った。

連休が明けた日、急がなければならない連絡文章の原案を入力しはじめた。久しぶりの共同作業に戸惑っている様子もなくジェニーは快調に動きだした。2ページを入力しおわり、印刷してみたがスムーズに出てくる。

インストラクターの云うとおり、フリーズの原因はアプリケーションのメモリーにあったのだろうか。問題さえ起こらなければ本格的な仕事に使えると、続けて3ページほどを追加入力した。

仲良くやろうよジェニー、おまえしか頼れるものがないんだ。ちょっと上の階へ行ってくるから印刷しておいてくれ」

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プリンタがデータを読み込む音を聞きながら事務室をあとにした。

「コンピュータが戻ってきたんですね。どこが悪かったんですか」

「ハードですよね。ディスクを交換にだしたんですよね」

「いや、プリンタのドライバーを交換しただけらしいよ。最新のを入れたから大丈夫だそうだ」

「それも変なはなしですね。最初から問題を起こしそうなドライバーを入れておいたことになるでしょ。問題が発生しなければ知らん顔じゃあ,いいかげんなもんだよ。だから外国製は信用ができないんだ」

「まあ、そんなに怒るなって。1箇月も東京へ行ってやっと帰ってきたんだから」

「プリンタドライバーの交換ぐらいで、1箇月もかかったんですか。あんなものコピーすればいいんだから。フロッピイはもらったんですか」

「いや。なにそれ」

「じゃ、バックアップを取っておいたほうがいいですよ。壊れたときのことを考えておかなければ、いそぐ印刷のときに支障がでますよ」

「電話をかけてもすぐ来れないもんなあ。分かった、ありがとう」

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事務室へ戻ってプリンタを見ると紙は一枚しか出ていない。ジェニーの顔をのぞきこむと表情は強ばったまま、マウスを動かしても反応は皆無。フリーズである。以後、最低でも一日に一回。多い日は十数回も仕事を中断させられ、入力成果は消えてしまう。あまりのことに手を振り上げるとジェニーは叫んだ。

「わたし、まだあんたのものじゃないわ。」

小売店が納品したものをそのまま使い、調子が悪ければ友人や知人に調整をお願いし、手に負えなくなるとインストラクターを呼ぶ。持ち主がコントロールできない機械はだれの指示で動いているのだろう。購入したばかりの雑誌に載っていたように、コンピュータのハードディスクを初期化してすべての記憶を消し去ろう。なにも入っていない状態にしてから再出発しようと決断した。それから一箇月がすぎ、インストラクターの口癖を思い出す。

「まさか、変なものを入れてないでしょうね」

変なのはあんたがサービスと称して入れてくれたソフト。初期化の時に全部捨てたらジェニーは生まれ変わったよ。

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5 さらば、ジェニー

   祇園精舎の鐘の声  諸行無常の響きあり
      沙羅双樹の花の色  電子計算機にも必滅の理を現す
      高価な機器と云えども久しからず  ただ秋の夜の夢の如し
      取り扱いに慎重を期すも遂には滅びぬ  これ偏に風の前の塵に同じ

ジェニー。君の体調が異常と感じたのは昨年の師走に入ってまもなくだった。それがなにを意味するのか分からなかったが、君が苦痛を訴えているのを私は感じた。ソフトとデーターを外付けのハードディスクへ退避し、内蔵ハードディスクを物理的に初期化してオペレーションシステムを入れ換えてみた。だが、年末年始はトラブルの処理に追われて仕事にならない。

御用始めの夜、祈るような気持ちで電源を入れると君が悲鳴をあげるのを感じた。マック専用の強力な修復ユーテリティを作動すると「ドクター・ノートンはこの状態を修復できません」と答えてきた。製造会社アップルの Disk First Aid を作動させると、「この状態を修復できません」と表示した途端、電源は切れてしまった。

非常事態を予測して外付けハードディスクに緊急時起動用システムを入れていたが、ジェニーは決して目覚めてくれなかった。何度電源を入れ直しても、再び画面があらわれることはなかった。シャッターを上げたばかりの修理店へ運び込むと、専門家はマザーボードを引き出した途端、冷酷にも臨終の宣告を下した。

さらばジェニー。3年2箇月という若さで、スクラップになってしまったじゃじゃ馬に冥福を。

ミス ジェニー・マック 儀
      平成 9年12月26日  御用納めの夕刻より内臓疾患を悪化させ
      平成10年 1月 5日  御用始めの午後8時52分
      ドクター・ノートンの治療も甲斐なく  永眠いたしました
      ここに生前の御厚誼を深謝し  謹んで御通知申し上げます

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