1 自己催眠術
1-1 予備知識
平井富雄博士が推奨される自己催眠術は、シュルツ博士の自律訓練法が土台としているが、だれにでも手軽に実行できるよう、平井富雄博士が工夫改良を加えたものである。自己催眠術の訓練は六段階に従って進める。
第一段階 ウデガオモイ(腕が重い) 完了
第二段階 ウデガアタタカイ(腕が温かい) 完了
第三段階 シンゾウガシズカニウッテイル(心臓が静かに打っている)
第四段階 コキュウガラクダ(呼吸が楽だ)
第五段階 オナカガアタタカイ(お腹が暖かい)
第六段階 ヒタイガスズシイ(額が涼しい)
これらの六段階は一つ一つが独立したものではなく、一段階をマスターできれば次の段階への移行が容易になるというように、難易度や安全度を勘案したうえで合理的に配列されている。従って、第一段階からひとつずつ順を追って進んでいかなければならない。
1-2 練習場所
繰り返しになるが、最初は外的な影響を受けやすいので、自分の部屋など静かで落ち着けるところが良い。自分の部屋に閉じこもるのが理想的で、明るすぎないこと、熱くも寒くもないこと、通風状態が良いこと、などの条件を考慮できれば一層よい。
少し慣れてきたら、電車の中や公園のベンチなど、外的刺激の多いところでもできるようになる。ただし、どんな場所でも一定時間同じ姿勢でいられるところでなければならない。
なお、外的な刺激をなるべく少なくするために、練習中はメガネ、ベルト、ネクタイ、腕時計、靴下止めなど、身に着けているもので窮屈なものはすべてゆるめるか、取り外すことが望ましい。
1-3 姿勢
この訓練は「仰向け姿勢」が最も効果的だが、慣れてきたら「もたれ姿勢」でもよい。まず、ベッド、布団、またはたたみ、ソファなどの上に、頭に枕を当てて仰向けにねる。両足を適当に緩め、体全体の無駄な力を抜く。この場合も、前の2つの段階と同様にリラックスしすぎて、ぐったりした感じになってはいけない。
足のつま先はV字に外側を向く。腕は力を抜いて少し曲げ、胴のわきに手のひらを下にして置く。指は自然に、幾分曲がっている状態である。胴にふれてはいけない。
体の一部が寝台の部品や畳の縁などに触れて気が散ることがある。このような細かい刺激も、中々馬鹿にならないので、練習の初めによく周囲の状況を整えておくように注意しよう。
このような姿勢が取れたら、右腕をそっと上げ、手のひらを左胸のちょうど心臓の真上当たりに置く。この場合、右ひじの下に座布団か枕を当てて支えにするとよい。左手はそのままである。
準備ができたら、静かに目を閉じる。あなたの右手の下で、あなたの心臓が規則正しく打っている。そのかすかな鼓動にすべてに意識を集中しよう。そして、頭の中に、脈打っている心臓の様子を思い浮かべよう。それは、あなたの生命の母体だ。
なお、原則として練習中は目を閉じる。肢体への注意集中はうまくいくが、雑念が起こりやすく眠り込んでしまうことがある。できれば、半分目を開けた状態の「半眼」をお勧めする。
この段階の訓練は「もたれ姿勢」で行ってもよい。もたれ姿勢とは、下半身は仰向け姿勢と同じ型をとり、状態を柱や壁にもたせ掛ける姿勢である。腕や手、頭などについての注意は腰掛け姿勢の場合と同様である。
1-4 練習中の心構え
くどいようだが、基本的な暗示をたえず念頭に持ち続けることが大切で、「シンゾウガシズカニウッテイル」と思うとき、これを言葉だけで考えず実際にそう感じるように、いつもつとめることが重要である。別なことを考えても催眠にかかるだろうか、という試みは好ましくない結果を生むことがあるので決してしてはいけない。
1-5 練習回数と時間
自己催眠開始から終了・覚醒にいたる一回の練習時間は極めて短く、普通30秒から90秒(慣れてきたら、さらに1分、3分とふえる)くらいである。この短い練習を、何回か間を置かずに集中的に繰り返すのである。このように短時間の練習を何回か繰り返すことを1セッションという。
1セッションは5分ないし2時間である。1日に3度、朝・昼・夜に行うのが理想的である。それが無理なら朝と夜の2セッション、あるいは朝か夜の1セッションでもよい。大切なことは1セッションでもよいから、毎日継続させることである。とくに、練習を始めたばかりのときは、なるべく一日でも中断しないほうが良い。
初心者は1セッションで3回練習する。1回は30~90秒である。1回の練習が終わったら、催眠の自覚がなくてもきっぱり終了・覚醒し、直ちに第2回目に入る。そしてその終了・覚醒後、ただちに3回目にうつる。
1回の練習に連続して3回分の時間を費やすよりも、短く断続したほうが効果的である。もちろんこれは初心者の場合で、少し訓練に慣れてきたら各階に練習を長く続けたほうが効果的である。かつ、1セッションの練習回数も3回に限らず自由に増やしてよい。
なお、練習はいつ行ってもよいが、朝起きたときと就寝前が最も効果的である。要は練習するときを、食事前とか就寝前というように、きちんと決めておくことである。
1-6 終了と覚醒
一定の練習が終わったら自分で覚醒する。目を開けて、まず両腕、次に両足を2回強く屈伸し、次に頭を2回左右に傾けてから深呼吸を2回行う。この順序は各段階とも共通である。終了・覚醒の順序を狂わせると、めまいなど好ましくない結果が出ることがあるので、めんどくさがらずにきちんと守ってほしい。
練習を進めていくと、同じ催眠に入るまでに要する時間は次第に短くなり、外的刺激にあまり影響されずに効果的に暗示を受け入れるようになる。そして、ある段階の自己催眠術をマスターすると、その催眠効果は以後の段階にうつっても持続する。
つまり、第三段階までマスターしたときには、同時に第一段階と第二段階の催眠も起こっているのである。第六段階の暗示が短時間で実現されるようになれば、自己催眠はいちおうマスターしたことになる。
六段階の基本催眠は、毎日効率よく練習していけば、約四週間でマスターすることができる。練習の継続性や個人差によって、四週間より長くかかることもあるが、練習回数を増やしたり、練習中の条件の改善に留意すれば、案ずるほど長くはかからないものです。
練習者は、まず、最初の一段階を完全にマスターすることに努力してほしい。というのは、第一段階「ウデガオモタイ」と第二段階「ウデガアタタカイ」の二段階をマスターして強化訓練を続行するだけでも、自己催眠によってもたらされる、ほとんどすべての効果を享受することができるからである。
練習中に眠り込んでしまったら、目覚めた後に必ず最初からやり直すことである。とくに、練習終了・覚醒の手続きを完全に行うこと。四股の屈伸は怠ってはいけない。