1 ボケと寝たっきり
1-1 あなたの選択はどっち
もし、選ぶことができるなら、あなたは「ボケ」と「寝たっきり」のどちらを選ぶだろう。老人の集まりで聞くと、多くの老人は圧倒的多数で「ボケ」を選ぶそうだ。九割はボケを選び、寝たっきりを選んだ人は一割だったそうだ。
「ボケ」と「寝たっきり」ではその原因が全く違うはずである。寝たっきりは身体的な問題で、それに対しボケのほうは精神の問題とされている。保健所でもデイサービスでも、受け入れることころが違っていたりする。
さて、あなたは「ボケ」と「寝たっきり」のどちらを選んだだろうか。選択するには結構迷ったと推測する。しかし、どちらにしても迷う必要はないそうだ。不思議なことにボケと寝たっきりはセットになるという。
もし、あなたが寝たっきりになったとする。どんなインテリであったとしても、3年後にはボケてしまっている可能性が高い。インテリの方が頭を使っているからボケないと云うのは正論ではないらしい。そして、インテリほどボケたときの介護が大変だという。
もし、あなたがボケたとしよう。すると、どんなに身体が強健な人でも、3年後には寝たっきりになっている可能性が高い。これらには例外がほとんど存在しないと言っていいくらいだそうだ。悩んだ末に選んでもらっても、3年たてばみんなセットになるという。
一方、10年間も寝たっきりで、いまだに頭がしっかりして口達者の婆さんもいることはいる。嫁さんが「少しはボケてくれたほうが楽なのに」という例外的な老人もいることはいるようだ。
高齢化社会が到来したので老人、特に寝たきりや痴呆性老人が増えてきた。これからも増えると説明されている。大きな問題は、医師、看護師を中心とした医療・看護の専門家によって、現代の老人と家族が抱えている問題を解決できなかったことである。
解決するどころか問題を作り出し、その問題をもっと難しくしてきた。病院の専門職が寝たきり老人とボケを作り出しているといえる。だから介護士の三好春樹さんが寝たきりを起こし、ボケを落ち着かせようと訴えて猛反発を受けていたという歴史がある。
病院の始まりは野戦病院だった。野戦病院は死を待つ場所である。抗生物質のない時代に、病人とケガ人は感染の予防も治療もできずに死に至った。医師にできることはわずかな治療、それも現代では効果があると思えないような薬が与えられていた。
しかし、看護には有効な方法があった。安静を保ち栄養を補給することである。安静と栄養と、治療を受けたという暗示によって、回復力のある運のいい若い患者は治癒することができた。
当時の看護職は安静にする知識と、栄養を補給することを考えればよかった。未だに鼻からチューブで老人に栄養を摂らせようとし、嫌がる老人がチューブを抜かないように手を縛って安静を強要してしまう。これが老人を寝たきりとボケに追いやってきた。
医師と看護師が対象とするのは病人で、死に至る病が治癒またはコントロールできるようになって平均寿命が延び、老いと共に生活していく人が増えてきた。病気と元気の間に脳血管障害による手足のマヒといった身体障がいや、老化を持った人たちが増えてきた。
病気と元気の間の人たちに対して、医療も看護も無力であった。治癒を目的として作られてきた医療体系はこれ以上治らないとなると興味を失い、安静を目的として作られた看護体系は、自らの体系を守るためにすでに患者ではなくなった障がい老人を、安静の中に閉じ込めようとして手足をしばっていた。
そこへリハビリテーションという救世主が現れた。理学療養士や作業療養士は希望の星となり、リハビリをやれば手足のマヒは直り、寝たきり老人は立ち上がり、老人問題はすぐに解決するかのように期待されていた。だがそれは、幻影にすぎなかった。
1-2 一番の贅沢は自宅で
リハビリテーションが充実しても、病気と元気の間に存在する人たちは増え続け、病気も慢性疾患と呼ばれる病態へと変化してきた。病気を治せなくてもコントロールできるようになり、病気と元気の中間で生活する人たちが増えてきた。
自律性を教えなければならない場合に、介護法を教えればその人は寝たきりになり続けることになる。逆に、介護の必要な時に自立法を押し付ければ、介護ではなくいじめになってしまう。
現代は、ほとんどの人が病院で死ぬ。ICUと呼ばれる治療室で、ピコピコ音を出す医療機器に体中を繋がれて苦しみながら死んでいく。むかし、家で看取っていた時には苦しまずに死ねた。
弱ってくると人間は生理的脱水になる。つまり、体中の水分が少なくなる。すると痛みや苦しみを感じなくなって、すこしずつ丁度飛行機が着陸するみたいに息を引き取ることができた。ところが、病院では脱水にしないために点滴を絶やさない。
すると、痛みを感じたまま飛行機が墜落するように死ななければならない。死ぬことに近代科学で抵抗しても無駄なことで、本人が苦しむだけなのだ。それなのに、本人も家族も入院を望んでいる。
病院では、危篤を聞きつけて駆け付けた家族や友人を治療の邪魔になると廊下へ追い出し、白衣の他人に囲まれて人生の最後を迎えなければならない。人間の人生のお別れにふさわしいだろうか。家の畳の上で死ぬことが一番の贅沢である。
多くの老人は病院から退院して家へ帰ってくるとそれだけで元気になる。オドオドしていた表情がすっかり落ち着いて、家族や周りの人を驚かせる。
あなたは寝たきりとボケのどちらが良いだろうか。どちらを選んでも、寝たきりとボケはセットになっている。あなたがボケになってとしても、三年後には寝たきりになっている。ほとんど例外はないそうである。うんざりする話である。
1-3 寝たっきりへの道
ボケ老人の出て行こうとする執念たるやすごいものがある。ボケ老人が家から出ていくのは何らかの目的があり、しなければならない何かがあるのだ。だから目が吊り上がって一心不乱に出て行こうとする。足の力もバランス力も信じられないくらい良くなる。
ボケが深くなるほど、自発的外出のときには曲がり角を左に折れていくことが多いという。これは人の軸足が左足で、その軸足を中心にすると左へ左へと曲がっていくのが自然だからである。その証拠に、トラック競技は必ず左回りになっている。
自発的外出が頻繁になると、家族は個室に閉じ込めざるを得なくなる。閉じ込められた老人は歩き回ることで要求不満を解消することができず、部屋の中で様々な作業を初めてしまう。ストレスの解消でカーテンを引きずり下ろしたり、シーツを破いてしまう。
部屋から出ないと運動量は少なくなり、使わない筋肉は細くなる。「廃用性筋委縮」となり、あっというまに布団に寝ているだけの生活になってしまう。これが3年も続けば筋力だけでなくバランス力や耐久力も失われて「廃用性症候群」に至り、寝たきりとなる。
3年というのは家族の愛情があるからである。愛情というより愛憎と云った方が良いかもしれない。カギをかけたるすることへの躊躇があるから3年かかる。その躊躇がないとどうなるだろうか。
介護に疲れた家族が老人を病院へ連れて行く。歩いてやってきた老人は、自発的歩行制御や徘徊させないようにベットに手足を縛り付けられ、一夜にして寝たっきりとなってしまう。介護の世界ではこれを「抑制」と呼んでいる。
入院して一週間後に面会にきた家族は、抵抗する気力も失って目に生気をなくした父や母を発見する。慌てて、退院させて家に連れ帰ろうとしても許可は出ない。鼻にチューブを入れられ、流動食が流し込まれているのである。かくしてセットは完了する。
ボケ老人が寝たきりとセットになる原因は、家の中に閉じ込められること、部屋の中に閉じ込められること、そしてベットに縛り付けられることであることが分かる。難しく言えば、生活空間の矮小化ということになる。
1-4 ボケへの道
山本正さんは元小学校の校長だった。定年退職後公民館の館長を務め、2度めの定年直後に脳卒中で倒れてしまった。救急車で病院へ運ばれ、順調に回復してリハビリを受けて退院された。
手足に軽い麻痺が残ったが、左足をひきずる程度で、杖は持っているが時々忘れて来るくらいまで回復していた。山本さんは外へ出なくなった。かっての同僚や教え子など知った人にこんな姿を見せたくないという。
先生とか社長なんて呼ばれていた社会的地位の高かった人は、こうした障害に弱い。以前の自分に比べ、現在の障害を持った一介の老人という立場には差があり過ぎる。現実の自分を受け入れることができなくなっているのだ。
勧められて機能訓練に参加すると自己紹介の時間がある。「じゃあ、次の方」と言われても山本さんはどう答えてよいか判らないという表情だった。人前で恥をかかせないようにと保健婦が「山本さんですよね。先生をなさっていた」と尋ねるとうなずいたという。
保健婦が「お生まれは」と恐る恐る尋ねると、やはり曖昧な表情を浮かべるばかりである。いっしょについていた奥様が代わりに「大正○年〇月〇日です」と答えてくれたという。インテリほどこの傾向が強いそうである。
体を使わないでいると筋肉が細くなると云うのは誰でも知っている。廃用性筋萎縮である。しかし、精神機能も使わないでいると低下していくのである。体も精神も、生活の中で使うことで維持、再生産されていくからである。
普段は家族と日常会話ぐらいは交わしているはずである。しかし、考えてみると家族同士の会話はそれほど多いわけではない。特に、家から一歩も出ることのない人は、家族と共通の話題がそれほど多いはずもない。
言わなくても判ると云うのが家族なのである。家族だけの人間関係が続くと、言う必要がないから言わない。そして、言わない状態が3年続くと、たとえどんなインテリでも判らなくなるのである。
寝たっきり老人がボケとセットになるのも、生活空間の矮小化によることが分かる。生活空間が狭くなると、人間関係が少なくなり、会話、コミュニュケーションが無くなることである。家族だけの関係は、ボケの予防にはあまり役立たないということが分かる。