1 驚異の遺伝子
1) 進む遺伝子研究
生命科学の研究はいますばらしい勢いで進んでいる。2010年ころまでには、ヒトの全遺伝子暗号の解読に成功すると言われてきた。ところが、解読が進むにつれ、話はそう簡単ではないことが分かってきた。
自分の力だけで生きている人は地球上に一人もいない。呼吸にしても、血液循環にしても、私たちが自分で工夫して働かせているのではなく、ホルモン系・自律神経系などが自動的に活躍しているから私たちは生きられる。
このホルモン系・自律神経系などの活躍を支配しているのは遺伝子だが、この遺伝子を操っているのは何だろう。ある遺伝子が働きだすと、他の遺伝子はそれを知って仕事の手を休めたり、いっそう作業ピッチをあげたりすることで全体の働きを調整している。
人間は知らないことを知りたい、分からないことを理解したいという本性があり、これがなくならない限り科学の進歩は止まらない。特に生命科学の場合は、新しい発見がすぐ技術に結びつき、家畜の改良や医薬に影響を与え、欲望を満たす手段にすぐ利用される。
そうなると、人間が欲望をコントロールするすべを身につかないかぎり、科学はもろ刃の剣になる。技術的には可能であるが、あまりにも不自然なことはやらないという自制心を持つ必要がある。
自分を支えてくれる様々なもののお陰で、生かされているという事実を知ることにより本当の自制心が生まれる。それに感謝して生きることにより、今まで眠っていた遺伝子がONになる、素晴しい人生が開けるだろう。
最近の遺伝子研究ですごいことが一つ分かってきた。「遺伝子のはたらきは、それを取り巻く環境や外からの刺激によって変わってくる」ということだ、正確に言えば、それまで眠っていた遺伝子が目を覚ますことでもある。
環境や外からの刺激といえば。一般的には物質レベルだけを考えがちだが、精神レベルでもあると考えられる。精神的な刺激やショックが遺伝子に及ぼす影響、つまり遺伝子と心の関係がこれから注目されるようになるだろう。
2) 遺伝子とは
体重60kgの人の細胞は約60兆個である。1キロ当たり約1兆個の計算をすると、生まれたばかりの赤ちゃんでも約3兆個の細胞を持っている。しかも、その細胞の一つ一つに、例外を除いてすべて同じ遺伝子が組み込まれていことになる。
細胞内の遺伝子はDNA(デオキシリボ核酸)という物質のらせん状の二本のテープ状で、そのテープ上に塩基(アデニン・チミン・シトシン・グアニン)と呼ばれる何百万個もの化合物で構成されている。ここには生命に関するすべての情報が記録されている。
遺伝子には30億の膨大な情報が保存され、本にすると千ページの本で千冊分に相当する。遺伝子にはタンパク質を作る暗号が書かれ、地球上に存在するあらゆる生き物は同じ遺伝子暗号を使って生き、細胞が必要とするタンパク情報すべてを蓄積している。
さらに、これらの遺伝子の構造と原理はすべての生物に共通している。地球上の200万種以上の生物は、カビも大腸菌も植物も動物も人間すべて同じ原理であり、あらゆる生物は同じ起源を持つことを示している。
人間の遺伝子のなかには、昔の爬虫類や魚類などの遺伝子も入っている。受精してから発生するまでに、胎児は母親の胎内で過去の進化の歴史をもう一度大急ぎで再現する。遺伝子は1分1秒の休みもなく働き、遺伝子が働かないと私たちは生きられない。
人間の遺伝子のうち、解明されたのはほんのわずかである。アデニン・チミン・シトシン・グアニンの文字であらわされる30億の情報が細胞を働かせるが、実際に働いているものはわずか5%程度と言われている。他はどうなっているかわからない。
一つの細胞の中心に核があり、その核の中に遺伝子がある。1個の受精卵が2個に、2個が4個に、4個が8個にと細部分裂が繰り返され、途中から「お前は手になれ」「お前は頭になれ」「お前は脳になれ」とそれぞれが手分けして母胎内で分裂を続ける。
どの細胞も人間一人の生命活動に必要な情報をもっているとしたら、爪の細胞は爪にしかならず、髪の毛の細胞は髪の毛にしかならないのはどうしてか。爪の遺伝子は爪になる遺伝子をONにして、それ以外はOFFにしていると考えられる。
3) 精神レベルでの影響
たとえば、強い精神的ショクを受けると、たった一晩で髪の毛が真っ白になってしまったという話を聞くことがある。一方で、「余命数カ月」と宣告された患者が、半年たっても1年たってもピンピンしているといったことが現実に起きている。
タバコを1本も吸ったことがない人が肺ガンに侵されたかと思うと、1日に百本も吸っても健康な人がいる。塩分の取りすぎは高血圧を招くはずなのに、塩辛いものが好きな人の血圧は正常のままということもある。
俗に「火事場の馬鹿力」といって、極限状況になると人間はとてつもない力を出す。そうかと思うと、どうしようもないボンクラ学生が、女の子を好きになったとたん、人が変わったようにバリバリ勉強し始めて、アッという間に優等生になったりする。
このようなことがままある。いろいろな理由付けされてきたが、これらのどれもが遺伝子の働きに関係し、しかも本人の考え方でどちらにでも転ぶ。そういう可能性があるということが分かってきた。
たとえばガンになったとき、「治るんだ」と思う人と「もうダメだ」と思う人とではガンそのものが変わってくる。ひどい高血圧なのに「俺の血圧は低いんだ」と頑固に信じているとなぜか症状が軽い。
こういうことに遺伝子が深く関係している。いまだに仮説の域を出ないが、そういう状況証拠がたくさん出てきている。いずれそう遠くはない日に、精神作用が遺伝子に及ぼす影響が明らかになる日がやってきそうなのだ。
私たちはその日がくるまで、指をくわえて待つ必要はない。よりよい生き方に役立つならどんどん利用すればいい。そこで、直接役に立つと思われそうな遺伝子の情報を述べていく。
遺伝子は細胞を分裂させたり、親の形質を子どもに伝えるほかにもっと身近なところで休みなく働いている。人間は言葉を発するときに遺伝子がはたらかないと話せない。言語情報を脳から取り出すときには遺伝子のはたらきが必要になる。
4) 生物の起源はみな同じ
また豚や牛の肉を食べても人間が豚や牛にならないのは、遺伝子が働いてくれるからである。人間が生きているうえで、遺伝子は普通に考えられている以上に直接的な働きをしている。
さらに、これら遺伝子の構造と原理は、すべての生物に共通していることである。地球上には200万種以上の生物がいる。カビの大腸菌も植物も動物も人間もすべて同じ起源をもつことを示しているように思われる。
遺伝子で興味深いことは、原理は同じなのにその組み合わせによって、二つと同じものがないことである。一組の両親から生まれる子どもには70兆通りの組み合わせがある。秀才と美人が結婚しても、「美男の秀才」が生まれるとは限らない。
別の言い方をすれば、あなたがこの世に生まれてきたということは、79兆という膨大な数の可能性のなかからたまたま選ばれてこの世に存在しているわけで、それだけでも貴重だということができるのである。
私たちは子どもを作ることを簡単に考えているが、生命が生まれるきっかけを与えることと、生まれてから栄養を与えることくらいで、あとは精巧に仕組まれた生命原理がはたらくことによって自然に育てられている。
それだけでなく、幸せをつかむ生き方ができるかどかも遺伝子のはたらきによると考える学者もいる。幸せに関係すると考えられる遺伝子は、誰の遺伝子にも潜在しているはずである。その遺伝子をONにすればいいのである。
人間はいつも前向きで元気ではつらつとしていると、すべてが順調にいくようになる。そういう心の状態はよい遺伝子をONにして、悪い遺伝子をOFFにするはたらきがある。最近よくいわれるプラス発想の意味も、この辺にあると言ってよいだろう。
私たちの体はどの器官もそれぞれの役割を持っている。それがしっかり果たされているときの人間は健康である。手足が仲たがいすることも、脳や心臓が威張ることもない。人間社会の組織もこの体の組織を手本にするとよいだろう。