3 不可解な事象
3-1 正反対の言葉
入院前日の2月1日、入退院は婦長権限と聞いていたので婦長に菓子折りを持参し、ほんの気持ちですからお納めくださいと差し出しました。「この病院は患者さんからいただくことを禁止しています。それよりも先生方の指示を守って一日も早く元気になられ、退院できるようにしてください。そのときは遠慮しませんから」と固辞されました。
婦長の言葉に耳を疑いました。医師は「余命は半年から一年以内」といい、婦長の言葉は「先生方の指示を守」ると「早く元気」になり「退院できる」といいます。病状を知らされているはずの婦長の言葉は、医師とまるで正反対でした。
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3-2 壁は厚い
医師との入院打ち合わせで、「素人がこのようなことを申し上げるのは失礼ですが、丸山ワクチンを使っていただくわけにはいきませんか。末期のガンにも効果があると聞いていますが」とお願いしました。「丸山ワクチンは、以前患者さんの希望で使用してみましたが効果のあったケースはありません。結論から言いますと、本来の治療以外に学問的検索の十分でない実験的な治験薬を使用するのは望ましいことではなく、なるべく使用しないよう申し合わせをしています。効果のあった例はないんですよ」
テレビ番組の解説とは違いすぎるので「全然効かないんですか」と声が高くなりました。すると「わたしの病院で結果が良いというのはありません。入院中はいろいろと出費がかさみます。丸山ワクチンは東京へ出向かなければならず、ほとんど効果はないのですから余分なお金は使われないほうが良いと思います」
気を取り直して「最近クレスチンというガンの特効薬が出たと聞きましたが、どうなんでしょう」と質問しました。「クレスチンですか。現在使用している患者さんもいますが、効果はねえ。何人か試してみましたが特効薬なんてありませんよ。これもワクチン同様治験薬ですから、いろいろ複雑な使用報告書を出さなければなりません。私たちは忙しいのでわかってもらえると思いますが」
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3-3 配慮だろうか
入院した2月2日、母は家族に知られないよう「病状はどうなんでしょうか」と婦長へ質問したそうです。婦長は「大したことはありませんよ。最新の治療機械がありますからすぐ退院できますよ」と優しく答えたといいます。
母は、婦長の「大したことはありません。すぐ退院できます」という言葉に疑いを持っていました。父の葬儀後に理由を聞くと、「高齢者にショックを与えないように配慮したのだろう」と、常識的な答が返ってきました。しかし、配偶者にも真実を伝えないことに疑問が残ります。
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3-4 命は誰のもの
2月28日に面会を求めて、医師に「父にガンであることを話すのは、いつ頃がよいでしょう」と質問しました。医師は「患者さんに知らせてはいけません。それでなくても体は衰弱しているのですから精神的な負担も大きくしてしまいます。それと分かるそぶりもいけません。これは家族の協力が大切です」と説明しました。
そこで、「自分の病状を知っていたほうが病気と闘いやすいと思うのです。本人も家族も一緒にガンと闘うべきと思いますが」と考えを述べました。医師は「患者さんの治療は私たち専門家に任せてください。失礼ですが、素人の方々はいろいろ聞きかじってくるものですから治療に差し障りが起きることがあるのです。私たち医師を信頼してお任せ願いたいのです」と医師は答えました。
患者の家族はただ一つ「病気を治してほしい」という願いです。医師の言葉は「治療は専門家に任せて」、余計な事を云うと「治療に差し障りが起き」るので「医師を信頼してお任せ願いたい」。患者の家族が黙って医師に任せていれば、医師は確実に病気を治してくれるのでしょうか。
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3-5 当事者の質問に
3月9日、父は午前中の心電図検査を終えると婦長に呼ばれて詰所へ向かいました。勧められた丸椅子に腰を下ろしていると、汗を拭きながら入ってきた婦長が「食道にできた腫瘍を焼き切りますから14日より放射線をしますよ」。
父は思わず腰を浮かせました。婦長は「そんなに心配いりません。リニア・アクセルレーターという最新の機械を使いますから、放射線の量は少なくて済みますしほとんど副作用はありません」と説明したそうです。
座り直した父は「婦長さんにそう言っていただけると安心しましたが、わたしはガンですか」と尋ねました。ゆっくり振り返った婦長は、不思議そうに問いかけたそうです。「どうしてガンなんです」「違うんですか」「違いますよ。家族の方にはくわしくはなしましたが心配いりません。なにか気になることがあるんですか」と言われ、入院以来初めて熟睡したと父はいいました。
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3-6 もし事実なら
病院へ見舞に出向いた3月12日、医師が父の臀部に注射をしていました。物陰に隠れて医師をやり過ごし、通りかかった新人の若い看護婦に「先生が直接注射をしていましたが、新薬が出たんですか」と質問しました。
看護婦は怪訝な顔をして「ちょっとお待ちください。」と詰所へ行き「看護日誌になにも記録されていません。見間違いでしょ」と答えました。
当時、入院患者の家族の間に不吉なうわさが広がっていました。「余命が短くなった患者は人体実験の材料にされる。製薬会社は開発中の新薬にどの程度の副作用があるかの実験を医師に依頼し、医師は命を助けることができないと判断した患者を選んで、副作用の有無や人体への影響を調べて報告し手数料を受領する。新薬が販売できれば莫大な利益が上がるので、人体実験をした医師にもそれ相当のボーナスがでる」という、真実味のありそうな人体実験のうわさでした。
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3-7 賭けるなら
妹が制約会社に勤めている友人より「クレスチン」の情報を入手しました。カワラタケというキノコの菌糸体成分からつくられたほとんど副作用のない免疫賦活剤で、腫瘍縮小効果はないが抗がん剤の5-FUなどの併用で延命効果が認められるそうです。丸山ワクチンと併用しても副作用はなく、相乗効果が期待できるというものでした。
放射線科の医師に3月19日「食道がんの腫瘍は15センチとなり、放射線は食道の通過傷害を取り除くことしかできず、癌の腫瘍を撲滅することができません。今後は抗癌剤による治療を行います」と言われ、医師は患者に苦痛を与えることを知りながら、万に一つも効くかもしれない賭けに出たと感じました。
再び丸山ワクチンとクレスチンの投与を切り出すと「どうしてもというのなら使用してみましょう。いずれにしても延命効果は望めませんよ。21日に病院へ来てください、書類をつくっておきましょう」との回答をいただきました。当時のこの病院でクレスチンは取れないので、直接製薬会社から提供を受けました。
丸山ワクチンを提供する大学病院前は、最後尾が視界に入らないほどの行列ができていました。15名単位の受付が始まり、使用承諾書などを封筒からだして渡されたカルテにクリップで止めていると、15センチになった腫瘍の形状がわかりました。
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3-8 異なる処置
3月26日に丸山ワクチンを放射線科医師へ届け、丸山ワクチンを提供する大学病院で説明を受けたとおり「抗癌剤との併用をしない」よう依頼しました。医師は「ワクチンは効果が認められないので、だれもが抗癌剤と併用しいてますが希望どおりにしましょう。この薬はあくまでも病院側の好意で使用することになり、そのため婦長や看護婦は本務外の仕事が増えることになります。婦長にはわたしから頼んでおくが家族のほうからもひとこと挨拶してください」と要望されました。
翌日、菓子折りを持参して婦長へ「ご面倒をおかけしますが、よろしくお願いいたします。」を挨拶しました。「先生方の指示を守って一日も早く元気になられ、退院できるようにしてください」との言葉は聞かれず、菓子折りを無表情で受領されました。
3月30日に病室を訪れると点滴は続いていました。点滴の薬品名ラベルをみると、体内で活性化されて5-FUとなるフトラフール207が800mgです。抗癌剤は併用しない約束は反故にされ、丸山ワクチンの効果はわからなくなりました。
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4 不思議な判定
4-1 ワクチン使用判定1
4-1-1 症状
2回目の丸山ワクチン請求時にあずかった臨床成績票の表に3月29日・4月1日・8日・15日の4日分のデータが記録されていました。呼吸器と消化器症状(せき・たん・はきけ・嘔吐・腹痛・腹部圧迫感・腹水・胸水)はすべて「-」、食欲は「±」、浮腫は「-」です。体重は3月29日に52kgで4月8日は51.5kgとなり、4月1日より微熱があります。脈拍は90で一定し、血圧も128/70と大きな変動は見られません。
4-1-2 臨床検査
臨床成績票の裏に、3月29日と4月13日に検査した二種類のデータが記録されていました。
項目 | 3月29日 | 4月13日 |
血液 | ヘモグロビン | 12.3 | 1.8 |
赤血球数 | 393 | 384 |
白血球数 | 4300 | 4500 |
末梢血リンパ球 | 27 | 37 |
肝機能 | ZTT | 正常 | 正常 |
TTT | 正常 | 正常 |
酵素 | AlP | 5,7 | 6.1 |
GOT | 10 | 11 |
GPT | 7 | 6 |
LDH | 173 | 185 |
総蛋白質 | 5,0 | 5,4 |
A/G比 | 正常 | 正常 |
黄疸指数 | 正常 | 正常 |
総コレステロール | 正常 | 正常 |
電解質 | Na | 141 | 142 |
K | 4.0 | 4.5 |
Ca++ | 4.4 | 4.5 |
所見等お気づきの点記入欄(X線主要所見・ワクチンと併用薬剤・輸血・輸血等の使用料とその投与方法)とツベリクリン反応実施年月日の欄に文字や記号の記載はなく、効果判定欄に「 no effective (まったく有効ではありません)」と書かれていました。「抗がん剤を併用している」とは書かれていません。
4-1-3 効果判定
4月30日に持参した「臨床成績」表を見たワクチン療法研究施設の担当者は、「ワンクールだけでは効果の有無については判定できないので継続して使用してみてください。」とおっしゃいました。当然といえば当然の答えです。
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4-2 ワクチン使用判定2
4-2-1 症状
3回目の丸山ワクチン請求時にあずかった丸山ワクチン臨床成績票の「症状」欄には5月9日~6月6日まで6日分のデータが記録されています。呼吸器と消化器症状(せき・たん・はきけ・嘔吐・腹痛・腹部圧迫感・腹水・胸水)はほぼ「-」で、時折せきとたんが出ています。食欲は「+」、浮腫は「-」で、体重は5月9日に50kgで6月6日は47kgまで落ちていました。体温は36.6~36.7度と一定し、脈拍も平均75で血圧は120/70と大きな変動は見られません。
臨床成績の結果は5月13日と27日のデータが記録されていました。
4-2-2 臨床検査
項目 | 5月13日 | 5月27日 |
血液 | ヘモグロビン | 11.2 | 10.3 |
赤血球数 | 316 | 324 |
白血球数 | 5000 | 7800 |
末梢血リンパ球 | 28 | 15 |
肝機能 | ZTT | | |
TTT | | |
酵素 | AlP | 7,2 | 7,21 |
GOT | 15 | 14 |
GPT | 145 | 124 |
LDH | 235 | 245 |
総蛋白質 | 6,0 | 7,04 |
A/G比 | 1,07 | 1,85 |
黄疸指数 | 6 | 5 |
総コレステロール | 196 | 246 |
電解質 | Na | 1 | 140 |
X線主要所見に、食道がん、PSK3.0g分にて毎日投与。所見欄に記入なく、効果判定欄に「 狭窄が次第に増強、余り効果は認められず」と書かれています。
4-2-3 効果判定
6月11日に持参した「臨床成績」をみたワクチン療法研究施設の担当者は、「白血球は最大正常値まで回復しており、酵素も安定している。抹消リンパ球は減少しているが、体調の波があるので心配ないだろう。体温も安定し、食事が進まないと言ってもすぐにどうということはない。
現在のところ全身症状は良好であるかに思える。この症状により、SSMは有効であると判定できるので、今後も続けるほうがよいだろう。クレスチンとの併用は害がない」とおっしゃいました。あの程度の臨床データでなぜ有効と思えたのか疑問です。
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