1 応急手当の予備知識
1-1 安全の観察
傷病者を発見したときは周囲の状況を把握し、その場に立ち止まって自分自身の安全を確認します。さらに、左右から自動車や自転車、車椅子や通行人などがこないか、前後から自動車や自転車、車椅子や通行人などがこないか、上からの落下物や道路上に損傷がないかなど安全を確認します。
特に、二次災害の危険性があるときはその危険を排除してから傷病者の手当てを開始します。危険を排除することが困難な場合は、その危険を排除できる専門家に通報します。
1-2 手当と通報の観察
傷病者を観察して、直ちに手当や通報すべき状態であるかを判断します。通報すべき疾病は、「意識障害・気道閉塞・呼吸停止・心停止・大出血・ひどい熱傷・中毒」などで、これらの疾病は発見者が直ちに手当をしないと生命にかかわります。
正しい手当を行うために、観察に時間をかけ過ぎて119番通報や手当の遅れがあってはなりません。傷病者の生命の兆候、「意識・呼吸・脈拍・顔色や皮膚」の状態に異常がないか、手足を動かせるかを瞬時に観察します。
1-3 生命の兆候の観察
傷病者に意識があり呼吸がある場合でも、生命の危機が迫っている場合があります。傷病によっては、時間的余裕があっても救急者以外での移送は状態を悪化させる危険性が高い場合もあります。これらを判断するために生命の兆候を観察します。
1-3-1 意識がない
あご、首、舌の力が抜け舌下の根元が落ち込み(舌根沈下)、食物や食物のかたまりがひっかかって喉の奥が塞がった場合は、そのまま放置していると呼吸ができなくなり窒息します。
1-3-2 瞳孔や目の動き
瞳孔が大きく開いて(散大)いたり、点のようにしか開いていなかったり(縮小)、左右の瞳孔の開きが異なったり、左右どちらかの方向に眼球が偏っている場合は、生命の危機が迫っていると考えられます。(脳外傷・脳卒中・薬物の影響)
1-3-3 呼吸の状態
傷病者が倒れている場合は、傷病者の口や鼻に救助者の耳や頬を近づけ、傷病者の胸の方をみながら呼吸の状態を観察します。この時の角度は45度が最適です。
傷病者の吐く息が救助者の頬に感じられるか、胸や腹のあたりが上下に動いているか、息が浅い・深い・早い・遅いなどを観察します。気道が塞がり遺物や唾液等が詰まるとゴロゴロやヒューヒューといった音が聞こえます。
心停止が起こった直後には「死戦期呼吸」と呼ばれる呼吸がみられる場合があります。死戦期呼吸とは、子どもが大泣きしたときのしゃくりあげるような呼吸が途切れ途切れに起きる呼吸のことです。死戦期呼吸は呼吸停止と判断します。
下顎呼吸は、呼吸にさして口を半ば開きかけた状態で、下顎のみを動かして吸気時に顎が下がるような呼吸です。下顎呼吸も呼吸停止と判断します。
1-3-4 脈拍の状態
脈拍は手首(橈骨動脈)、股の付け根(大腿動脈)、首(頸動脈)を、人差し指と中指の先のふくらみで軽く押さえて観察します。乳児の場合は、上腕内側の中央(上腕動脈)または股の付け根(大腿動脈)に触れて観察します。
手首や股の付け根のあたりの脈拍が触れにくい場合は、血圧が下がっていると考えられるので、この場合は頸動脈に触れてみます。脈拍がゆっくりしている場合や安静にしているのに早い場合は、危険な状態と判断します。
1-3-5 顔色や皮膚の状態
顔色、手足の色、特に唇や爪の色が青黒くなった状態を「チアノーゼ」といい、呼吸ができない、心臓に異常がある、薬品などによる中毒で、血液中の酸素が不足しています。
顔色や皮膚の色が白く、皮膚にさわってみると冷たく湿った状態を「蒼白」といい、血液の循環が悪く大出血で血圧が下がっている、心臓発作などで心臓のポンプ機能が低下している場合です。顔色や皮膚の色が赤みを帯びた状態は、血圧が高い、一酸化中毒、熱中症が考えられます。
1-3-6 手足の状態
傷病者に救助者の指を握らせる、傷病者が自分で手足を動かせるかどうかを観察します。手足を動かせないときは次のようなことも考えられます。
片方の手又は足を動かせないときは末梢神経や骨・腱・筋肉を損傷している。片側の手と足が動かせないときは脳を損傷している。両手・両足を動かせないときは頚椎を損傷している。両足を動かせないときは胸椎や腰椎を損傷していることも考えられます。
1-4 反応の確認
安全確認ができたら傷病者の全身状態を観察しながら近づき、傷病者の反応(意識)を確認します。傷病者の片側に膝をついて腰を下ろし、体をかがめるようにして耳元に口を近づけます。
救助者は傷病者の肩を軽く叩きながら、「大丈夫ですか」「分かりますか」と徐々に大きな声をかけて反応があるかないかを確かめます。反応があれば傷病者の訴えを聞き、必要な応急手当をします。
呼びかけや刺激に対して目を開けるか、何らかの返答又は目的のあるしぐさがなければ「反応なし」と判断します。突然の心停止が起こった直後には、ひきつるような動き(けいれん)が起こることがあります。このような動きは「反応なし」と判断します。
1-5 協力者を求める
救助者一人で傷病者を助けることは難しいので、協力者を求めて「119番通報」と「AED(自動体外式除細動器)の手配」を依頼して手当を開始します。AEDはどこにありますかと質問されたときは、「官公庁や地下鉄駅、大病院やドラッグストア、デパートやコンビニです」と答えます。
普段、道路を歩いているときは「AED設置施設」というオレンジ色のシールが貼られている施設を記憶しておくことも大事です。なぜなら、あなたやあなたのご家族がAEDを必要とするかもしれないからです。
1-6 傷病者の安全確保
傷病者が倒れているところが車道である場合や、斜面や凹凸がある場合は、傷病者と手当をする救助者の安全確保するために傷病者を移動します。集まった協力者が複数いる場合は「傷病者を移動するので手伝ってください」と手助けを要請します。
救助者は傷病者の上半身を起こして背後から脇の下を通して腕をいれ、自分の手首を握ります。協力者が一人の場合は両足を持ち上げてもらいます。協力者が二人の場合は、一人は足を持ち上げ、もう一人は腰の下に手を当てて持ち上げてもらいます。
周囲に協力者が見当たらない場合は、救助者は傷病者の上半身を起こして背後から脇の下を通して腕をいれ、自分の手首を握って後ずさりしながら傷病者の体を引きずるようにして移動します。救助者は移動するときに腰を低くすると、比較的楽に移動できます。
1-7 気道の異物除去
気道に異物が詰まると、突然もがき苦しみ声が出せなくなり、喉から異常音が聞こえ、激しい呼吸運動がみられても空気の出入りが少ないか止まっている、顔・首・手などにチアノーゼが出てくる、意識が次第に鈍るという症状が現れます。
気道に異物を詰まらせると、傷病者は首に両手を当てて突然もがき苦しみ声が出せなくなります。これに気づいたらすぐに強い咳をさせ、大声で協力者を求めて119番通報を依頼します。強い咳が出ない場合は「背部叩打法」や「腹部突き上げ法」を試みます。
背部叩打法は、傷病者の頭を下げさせてから傷病者の体を一方の手で支え、他方の手の手掌基部で傷病者の左右の肩貝殻骨の中間あたりを力強く5回連続して叩きます。傷病者が倒れて横になっていたら、傷病者の体に大腿部を添えて同じ方法で叩きます。
背部叩打法で呼吸が回復しなければ、腹部突き上げ法を5回連続して試します。腹部突き上げ法は、傷病者の背後から抱くような形で腹部に腕を回し、一方の手で握りこぶしを作り親指側を傷病者のみぞおちより下に当てます。もう一方の手で腹部に当てた握りこぶしを上から握り、上腹部を救助者の手前上方へ向かって瞬間的に突き上げます。
腹部突き上げ法は、胸骨(あばら骨)の下から横隔膜を肺の方向へぶつけることにより、肺の中に溜まった空気を瞬間的に押し出す方法です。胸骨に触れると骨折する危険性があるので注意が必要です。効果がなければ背部叩打法、腹部突き上げ法の順に繰り返します。
傷病者が倒れて横になっていたら、上半身を起こしてから傷病者の背後から抱くような形で腹部突き上げ法を行います。それでも呼吸が回復しなければ、背部叩打法と腹部突き上げ法を繰り返して行います。
但し、妊婦や高度な肥満者、乳児には腹部突き上げ法は行いません。腹部突き上げ法は合併症として内臓を痛める可能性があるため、到着した救急隊にその旨を伝えます。気道の異物が除去できて呼吸が回復した場合でも、速やかに医師の診療を受けさせます。
小児の場合は、素早く抱きかかえるか大腿部で支え、頭を低くして手掌基部で背中を叩きます。抱きかかえられない場合は、大人と同じ方法で背部叩打法を行います。体が大人並に大きいな子どもには、大人と同様の腹部突き上げ法を行います。
乳児の場合は、手で乳児の頭部及び顎を固定し、前腕にまたがらせて頭の方を下げ、手掌基部で背中の真ん中を叩きます。乳児には腹部突き上げ法は行いません。
背部叩打法や腹部突き上げ法で遺物が出なかった場合でも、人口呼吸の胸骨圧迫で異物が口腔内に出てくる場合があります。異物が見えたら取り除きます。