1 先入観を打破した事例
1-1 無料の建物自主点検
埼玉県下の8階建て55戸の分譲マンションは、第1回目の大規模修繕を築13年目に直接施工会社に発注する責任施工方式で実施していました。築27年を迎え、理事長が副修繕委員長として修繕委員会に参画されていました。
一般社団法人マンション大規模修繕協議会のマンション大規模修繕セミナーに参加された修繕委員長が、マンションの無料建物自主点検を希望されました。私はその場におりましたので、大規模修繕完了時まで相談にのることになりました。
マンションの無料建物自主点検日に、理事と修繕委員に案内されて大規模修繕協議会の一級建築士と共に建物内を見て回り、劣化箇所と不具合箇所を調査しました。
壁のひび割れ箇所には雨水の侵入による汚れが目立ちます。放置するとコンクリートに含まれるカルシュウムが溶け出して鉄筋に影響を及ぼし、その後鉄筋のサビが膨張してコンクリートが爆裂する恐れがあります。
シーリングにはひび割れが発生し、変色して防水能力が低下していました。止水の役割を果たすシーリングもひび割れを起こし、愛称を考慮されていたであろう塗装は変色しています。
玄関スロープ上部のガラス屋根の鉄骨が腐食しています。サビが進行して鉄骨がささくれ、強度低下で危険なため取り換えの検討が必要です。
屋上防水は、新築時仕様のままで修繕されていました。勾配屋根の端部の防水塗膜が厚さ不足により部分的に破断し(下段右写真)、雨水侵入の危険性がありました。屋根直下の居室への漏水はなかったのですが、アクリル系の防水塗膜が静電気を引き起こし垢を付着させて汚れています。
1-2 放置された修繕工事
築13年目に行われた大規模修繕は、管理会社を通した責任施工方式で発注することで工事費は4千万円に抑えられました。しかし、工事対象漏れが発見されて1千万円の追加工事が行われたため、組合員から不満の声が上がりました。
組合員は1回目の大規模修繕結果に満足していなかったので、2回目以降は設計事務所のアドバイスを受けて進めることを望んでいました。時が流れてマンションに劣化箇所が目立つようになると、管理会社は大規模修繕を提案しましたが、管理会社不振の先入観により再三の提案も無視されました。
管理組合の役員が変わると理事会は修繕委員会を設置し、理事長も加わって大規模修繕の検討を行いました。修繕委員の中には、このマンションに住む建築関係の仕事をされている方々も参加しました。
理事長と複数の建築関係の方々で構成した修繕委員会の話し合いは一向に進みません。修繕箇所の提案に様々な異議が噴出して紛糾し、時間だけが経過していきます。何度話し合っても平行線をたどるようになり、修繕委員会は解散せざるを得なくなりました。
理事長が変わり、異議を唱えていた組合員を中心に新たな修繕員会が発足しました。管理会社の再三にわたる大規模修繕の提案にも異議が噴出し、話し合いにならなくなった修繕委員会は再び解散しました。
大規模修繕の必要性を提案する管理会社の努力にも関わらず、時間だけがむなしく経過していきました。このままでは資産価値が低下して、スラム化するのは避けられない状態となったとき、これまで理事長経験のない組合員が理事長に就任しました。
1-3 新任理事長の決断
組合員は1回目の大規模修繕結果に満足していず、2回目以降は設計事務所のアドバイスを受けて進めることを望んでいたため、理事長は組合員の意思を確かめるアンケートを実施しました。
アンケートで寄せられた組合員の改善要望は、
・ 車いす用スロープの設置
・ 郵便ポストをA4判対応に取り換え
・ 集会室のようなスペースの確保
このほかにも様々な要望がありましたが、組合員からの要望を踏まえて調査・診断や概算工事金額に反映させると、概算工事費用は1回目の約2倍を超える約9千万円になりました。
修繕積立金は8千万円弱のため修繕工事費にも満たず、組合員のすべての要望を断念せざるを得ません。理事会と修繕委員会は協議の末に要望を選別して工事費を8千万円に抑えることとし、不足分は工事時期を半年遅らせることで了承しました。
1-3-1 指摘ヵ所の修繕案
建物自主点検時に屋上庇の防水は塗装のケレンが指摘されました。ケレンというのは現状の塗膜や汚れをはがすことで、この作業を適当に行うと新たに塗布する塗膜の効果が薄れてしまいます。
建物自主点検時に指摘した屋上庇の防水は、防水メーカーにより工程の違いがありますが、メッシュを敷くことで防水性能が高まります。
1-3-2 郵便ポストの更新案
アンケートで組合員の要望が多かったA4判サイズの郵便物がはみ出して抜き取られる危険性がある郵便ポストは、完全に収納できるタイプに更新することにしました。
1-3-3 集会室の新設案
一階エントランス横の坪庭を集会室にしてはとの提案があり、6畳程度のスペースであるため建築確認申請は必要なく、小スペースながらも空間を確保できると考えられます。
マンションの無料建物自主点検に立ち会った修繕委員と理事たちは、専門家の指摘で判明した建物の現状を自らの目で確認し、組合員の要望を取り入れた長期修繕計画の見直しが急務であると認識しました。
福岡県にあるこのマンションは11階建の117戸で、内1・2階の17戸は店舗及び事務所となっています。1回目の大規模修繕は築15年目にあたる平成元年に実施されました。
27年にもわたって建築に詳しい組合員の先入観が招いた手付かずのマンションは、築42年目で2回目の大規模修繕へ向けて動き出しました。管理組合が今後取り組むべき問題も、理事・修繕委員・組合員で検討していくことが確認されたのです。
1-4 設計事務所の選定
大規模修繕工事の検討が始まると一階の店舗で漏水事故が発生しました。給水管の漏水に留まらず、雑排水管の合流箇所で堆積物による対流が原因で一階店舗の天井裏に汚水が流れ出しました。飲食店には死活問題であり、組合員として早急対応を求めました。
これ以上住環境が著しく低下するのを危惧し、修繕委委員や理事の経験がなかった新理事長は大規模修繕協議会の知恵を借り、公募により設計事務所を選定することとし、まず建物を見てもらうことにしました。
建物診断を要請された設計事務所は驚きました。27年間も未修繕のままであった建物は、給水管だけではなく建物のあらゆる箇所に問題が生じていました。理事長と修繕委員長は、大規模修繕に加えて築年数の関係から耐震改修も要望しました。
修繕が放置されたマンションの事例が札幌にもあります。2017年3月にマスコミを賑わした西区琴似の賃貸マンションは築45年、雨水の侵入による鉄筋錆腐食が原因と思われる最上階庇の崩落が起きました。
新理事長は、1回目の大規模修繕から27年経過しているので「大規模終電工事」「給排水工事」「耐震改修工事」のできることはすべて行いたいと要望しました。では、管理組合に修繕積立金はいくらあるのでしょう。
修繕積立金は2億円弱で、ざっくりした想定工事費用でも、
・ 大規模修繕工事費用 約2億円
・ 給排水管工事 約2億円
・ 耐震改修工事 約1億5千万円
修繕積立金+借り入れでも、すべての工事を行うことは不可能です。このため、緊急性の優先実施を検討するため組合員にアンケートを行いました。漏水事故も発生しているので給排水管工事優先の提案をしましたが、アンケートでは傷んだ建物外観を先に改善してもらいたいとの声が多数を占めました。
この結果、最優先を大規模修繕工事、次に給排水管工事となり、耐震改修は資金面を含め、調査診断の結果で改めて検討することとなり理事会の了解を得ました。
1-5 説明会と臨時総会
設計事務所による建物調査と診断が行われると、劣化箇所が想像以上に多いことが分かりました。調査・診断に基づいて概算工事金額を算出すると、大規模修繕工事金額は3億5千万円です。
足場なしで工事可能な場所から始め、かつ緊急性の低い工事項目はやむなく除外して1億8千万円まで圧縮しました。漏水事故が発生した給排水管工事は緊急性がありますが、耐震改修工事は資金の目途がついてからでもよいでしょう。
圧縮した工事概算費用が修繕積立金以内で収まる、と推定されたので住民説明会が開催されました。最初の住民説明会では異議を唱えていた方が、回を重ねるごとに徐々に賛成する立場へ変わり、ついに臨時総会の開催を迎えました。
臨時総会で大規模修繕工事は1億8千万円で行う。給排水管工事は借入金で対応する。耐震改修工事は今後5~10年の期間で検討することを明示すると提案されました。管理組合が現状を踏まえた説明をできたので、異議を唱える組合員がいなくなり組合員全員の賛成で提案は承認されました。
1-6 着工前の本調査
マンションはありとあらゆるところが劣化していました。上の階の漏水が下の階にまで至り、鉄筋がさびて爆裂している箇所もありました。
予算の関係上、外構部分を修繕項目から外すと一階店舗の組合員から、「私たちもほかの組合員と同様に修繕費用を負担しています。住居部分の玄関周りと一階店舗前は同等に検討していただけませんか。」とクレームが出ました。
営業に直接影響する箇所なので、外構部分も工事項目に再計上することにしました。
これらと並行して給排水管の調査と診断も行われました。漏水事故発生個所を中心に調査し、借入金の総会決議を経て工事が始まりました。しかし、給排水管だけに留まらず、想定外のガス管にまでサビや腐食箇所が見られ、次々に工事個所が増加し始めました。
1-7 修繕積立金の見直し
マンションの大規模修繕を放置していると出費が増えることを学んだ理事会は、これから先を見据えて「長期修繕計画の見直し」と、組合員へのアンケートを基に「修繕積立金値上げの検討」を開始しました。
マンションという建物への関心が高まっているなか、理事会は周辺の同年代同規模マンションの修繕積立金を調査した結果を添えて、1戸8千円だった修繕積立金見直し案を4通り組合員へ提示しました。
マンションをよくしたいは、誰もが思うことです。埼玉県下の8階建て55戸の分譲マンションでは、2017年8月末の工事完了予定へ向けて現在工事が進められています。