1 ニューノーマル時代
1995(平成7)年1月17日に発生した阪神淡路大震災では約11兆円、2004年(平成16)年10月23日の新潟県中越地震で3兆3千億円の経済損失が発生しました。 今後30年以内に高い確率で発生するとされる地震で、中央防災会議は308兆円という膨大な経済損失を想定しています。
東京都直下地震で114兆円、東海・東南海・南海地震で87兆円、上町断層帯地震で74兆円、名古屋直下地震で33兆円と想定され、国家予算85兆円の3.6倍という膨大な額になります。また、人的被害は7万7千~10万人死亡と想定されています。このように膨大な損失と多数の国民の生命を失われるとしながら、防災施策はあまり進んでいないのが現実です。
阪神・淡路大震災で、犠牲者の96%は地震発生後から14分以内に死亡したと推定され、約3万5千人の自力脱出困難者(逃げ遅れた人)の77%を救出したのは近隣住民でした。早く助けなければ助からない、「共助」こそが他人を救い自分が救われるという教訓を残しました。
2 広域複合大災害から学ぶ
近年はこれまでの経験値では想定できない異常事象が発生し、異常な事象が常態化する時代になっています。これらの異常事象を常態(普通の状態)として受け止め、マンションの管理組合は先回りした防災対策を講じることが必要です。
2-1 仙台市周辺のマンション
東日本大震災は、人類が初めて経験した「広域複合大災害」です。広範囲を大津波が遅い、各地で地盤沈下が発生し、いたるところで液状化がみられ、火災が発生して燃料貯蔵タンクが爆発し、原発事故で放射能汚染が起き、電気ガス水道などのライフラインは寸断され、自治体が被災し、緊急車両はガソリン不足で動けなくなりました。しかも、被災者を鞭うつような風評被害が発生するという前代未聞の自体が生じました。
仙台市周辺のマンション被災状況は大破0.1%、中破111%、小破37%でした。大破が少ないから安全とはいえず、マンション管理組合は次のような張り紙を掲示していました。
緊急告知 マンションの一部に亀裂、傾き、ひび割れが発見されています。施工者に点検を依頼中ですが、まだ日程は決まっていません。今後余震により不測の事態も考えられます。居住されている場合はすべて自己責任でお願いします。 〇〇管理組合
また、福島県は危険性のある建築物等に「災害対策基本法により立入禁止」の張り紙を掲示しました。許可なく立ち入ると、災害対策基本法第116条第1項第2号の規定により罰せられることがあります。
仙台周辺の被災マンション居住者に、「マンションの主な被害」についてのアンケートを実施し820件の回答を得ました。回答数が多い順に並べると次のようになります。
ア. 二階まで津波が浸水
イ. 壁にひび割れ
ウ. 天井が一部損壊
エ. 給水塔が損壊
オ. 一部ガラス破損
カ. 室内の家具や電化製品転倒落下で負傷(同数6位)
キ. 断水、復旧後も停電で水道使用不能
ク. エレベーター1週間使用不能
ケ. 住民大半が避難、補修工事などの会議開けず
コ. 大幅改修後で積立金が底をつき補修費用の見通し立たず
2-2 液状化が発生し易い箇所
東日本大震災時の関東地方では、千葉県浦安市において市内の約85%の広い範囲で液状化が発生し、戸建住宅など小規模建築物約3千7百棟が半壊以上(1/100以上の傾斜が生じた建築物など)と云う甚大な被害が生じました。また、埼玉県久喜市や茨城県潮来市などの内陸部でも液状化が発生し、多くの住宅が傾くなどの被害が生じました。
東京都内では、江東区、葛飾区、江戸川区など9区において地盤の液状化現象が確認され、うち5区で建物被害が発生しました。臨海部の埋立地だけではなく、荒川沿いや江戸川沿いのかつて湿地や水田を埋め立てた内陸部でも建物被害が発生しました。
これらの経験から、液状化が発生し易い箇所が見えてきます。
ア. 若い(新しい)埋立地
イ. 旧河川・旧沼沢池
ウ. 河川の沿岸・流域
エ. 海岸・砂丘・旧海浜
オ. 採掘跡地・埋め戻し
カ. 谷地・盛り土造成地
2-3 津波洪水防災三か条
宮城県南三陸町では、4階建てマンションの屋上を津波が通り過ぎたそうです。講演で紹介いただいた「津波・洪水防災三か条」を内陸用に要約しました。
ア. 洪水や津波は逃げるが勝ち!
河川周辺や海岸で地震の揺れを感じたら、警報がなくとも直ちに高台へ避難する。「洪水(または津波)が来るぞ!早く逃げろ!」と大声を上げながら駆け足避難。誰かが逃げるとほかの人もつられて逃げる。素早い行動と叫び声がみんなの命を救う。
イ. 大声あげて駆け足避難
引いてくる波もあれば、いきなり襲う津波もある。また、「過去に洪水や津波が来たことがない」などの俗説を信じず、警報が出たらどこにいても訓練と思って駆け足避難。
ウ. 遠くより高く、車を使わず、戻らない
高台まで遠いときは4階以上のビルに避難。健常者は駆け足で避難し、要援護者の車が渋滞しないように車を使わない。(高齢者・障がい者・妊産婦・傷病者は車で避難)。いったん避難したら警報解除まで戻らない。
3 地震と防災対策
3-1 管理組合の役割
マンションの規模にかかわらず住民の防災意識啓発がもっとも重要なことです。管理組合の「地震と防災対策」は、事前対応・発災対応・復旧復興対応に分けて考えます。
ア. 事前対応
a. 共用部耐震診断・補強/室内耐震促進
b. 地震保険・組合総合保険・防災積立
c. 自主防災組織・防災マニュアル
d. 防災教育研修・防災訓練/地域連帯
イ. 発災対応(発災=災害発生時)
a. 初期消火・救出救護・シャットダウン
b. 安否確認・要援護者避難支援
c. 建物安全確認・二次災害防止対策
ウ. 復旧復興対応
a. 応急生活支援/情報提供
b. 共用部被害点検・修理費用等確認
c. マンション復旧・再建会議
3-2 地震保険契約
地震保険に加入した年によって条件が異なります。もっとも適切な保険に加入できるよう、保険事務所などで知識を得ておくことが大切です。
ア. 1971年 基準法改正壁量規定
a. 1971年以前 大規模地震・耐震性 ××
b. 1971年~1981年未満 大規模地震・耐震性 ×
イ. 1981年 基準法改正・新耐震基準 一定の耐震性 △
ウ. 1995年 基準法改正・RV適正化 耐震性・有り 〇
エ. 2000年 基準法改正・地盤調査 対戦性:高い ◎
オ. 2007年 基準法改正・構造計算判定 耐震性きわめて高い
但し、大規模滅失は残存価値が時価の1/2以下、小規模滅失は残存価値が時価の1/2以上となっています。
3-3 耐震対策責任範囲
管理組合は耐震対策を区分所有者と共に考え、管理規約の別表に網羅されている「法定共用部分・法定共用部・規約共用部分」などの防災対策を行います。
ア. 法定共用部(建物の付属物の例)
エレベーター設備、電気設備、給排水衛生設備、ガス配管設備、火災警報設備、インターネット通信設備、ケーブルテレビ設備、オートロック設備、宅配ボックス、避雷設備、塔屋、集合郵便受箱、配線配管(給水管については、本管から各住戸メーターを含む部分、雑排水管及び汚水管については、配管継手及び立て管)等専有部分に属さない「建物の附属物」、管理事務室、管理用倉庫、集会室及びそれらの附属物など。
イ. 規約共用部分(例)
バルコニー、ルーフテラス、室外機置き場、ピロティ、物干し金物、網戸(サッシ内部の者を除く)、玄関扉、窓枠、窓ガラス、面格子、トランクルーム扉など。
耐震対策と言えども「共同の利益に反する行為」に抵触することは厳禁。
3-4 防災数値目標を上げる
阪神淡路大震災では、防火扉がクサビで固定されていたので火災が広がったマンションがありました。このような事態が生じないように、常日頃の巡視で障害の有無を点検します。また、具体的な防災数値目標を設定して居住者へ周知徹底しておくことが大切です。
ア. 死者ゼロを目指す!
イ. 火災ゼロを目指す!
ウ. 逃げ遅れゼロを目指す!
エ. 安否確認、20分以内完了を目指す!
オ. 防災知識・意識の全戸共有を目指す!
3-5 簡易安全チェック
災害が治まったときのマンション管理安全チェック。
ア. 建物周辺で地滑り、がけ崩れ、地割れ、噴砂、液状化がみられるか。
A.いいえ。 B.みられる。 C.多くみられる。
イ. 建物の沈下または建物周辺の地盤が沈下しているか。
A.いいえ。 B.10cm以上沈下。 C.20cm以上沈下。
ウ. 建物が傾斜していないか。
A.いいえ。 B.傾斜しているかも。 C.明らかに傾斜している。
エ. 床が損傷しているか。
A.いいえ。 B.少し損傷している。 C.明らかに損傷している。
オ. 柱が傾斜しているか。
A.いいえ。 B.表面が少し剥離している。 C.大きな亀裂がある。 D.鉄筋
鉄骨が見える。 E.柱がつぶれている。
カ. 壁が損傷しているか。
A.いいえ。 B.表面が少し剥離。 C.大きな亀裂が入っている。 D.鉄筋や
鉄骨が見える。
キ. 火災は発生しているか。
A.いいえ。 B.不明。 C.煙が漂っている。
ク. 危険物・ガスが漏洩しているか。
A.いいえ。 B.不明。 C.漏えいしている。
・ 判定「危険」=Cが一つでもある場合は「立ち入り禁止」とする。
・ 判定「要注意」=Bが一つでもある場合は、余震などに最新の注意を払った場合の
み「立ち入り注意」とする。
・ 判定「安全」=すべてAの場合は「立ち入り可」とする。
4 個人の災害対策
マンションに住んでいるから「災害対策や災害時の救助は誰かがやってくれるだろう」という考えていたら犠牲者を減らすことはできませんし、だれもあなたを救助してくれません。
4-1 安全ゾーンの確保
地震が発生したら「すぐにガスや暖房の火を消す」のは過去の教訓です。最新のガスレンジや暖房器具は地震を感知すると自動的に消火します。少々古い機種でもあわててやけどをしたり、つまづいて倒れて家具の下敷きになるほうが危険です。地震が治まってから消火しても間に合うのです。
身の安全を図るため「机の下へもぐる」というのも過去の教訓です。もぐった机などの上へ家具などが折り重なって倒れ、脱出できなくなって焼死した例もあるのです。被災者は、家具が空中を飛んできたと表現しています。
過去に学んだ固定観念に縛られず、実践的な生き残り方法を身に着けます。最新の身の守り方は、専有部の部屋ごと、共用部のフロアごとに「転倒落下物の少ない、閉じ込められない場所=安全ゾーン」の確保です。
ア. フロアごと、部屋ごとに安全ゾーンを定めておく。
イ. 揺れた! 直ちに安全ゾーンへ移動(避難誘導)。
ウ. ドアを開け避難路確保、落下物に注意して避難。
エ. 隣人に声を掛け、一時避難場所へ。
オ. 二階以上は、揺れている最中に階段へ近寄らない。
カ 余震の前に部屋から出て、閉じ込められない場所(階段付近)へ移動。
キ 机の下へ入らず、安全ゾーンへの移動を!
4-2 緊急時の優先行動
防災訓練への参加はマンション住人の義務です。防災訓練を受けていなければ、緊急事に何をすべきか分からず、助かるはずの隣人を見殺しにしてしまうことになります。一度や二度の訓練に参加しても、確実に身に着けていなければ役には立たないのです。
ア. 知らせる(通報 = 大声を上げる・非常ベルを鳴らす)。
イ. 消す(応援 = 一人で火災は消せない)。
ウ. 助ける(救出 = 要援護者や障がい者を安全な場所へ移動。)
エ. 逃げる(避難 = 隣近所の人々を誘って)。
4-3 災害発生時のマンション
地震などの災害をなくすことはできませんが、被害を少なくすることはできます。災害が発生した場合、被害を軽減するために何が必要でしょう。
「津波警報発令!」「停電!」「エレベーター内に閉じ込められた人がいる!」「エントランス崩壊!」「301号室から煙!」「隣のビルで火災発生!」「5階でガスのにおいがする!」「ドアが変形して助けを求めている!」。
このようなとき、いつ、だれが判断し、指示し、行動するのでしょう。大きな災害は起きたことがない、数年前の地震でも問題なかったと過去の事象にとらわれ、常日頃から訓練していなければ何もできないのです。防災は人任せではなく自分でするのです。
地震が治まったときは身の安全を確認し、家族の安全を確認します。火元の消火を確認したら、家族の高齢者・障がい者・妊産婦・傷病者は避難させます。ガス漏れがしている家があれば、その家の元栓を遮断します。煙が出ているなら、近くの人々と消火に当たります。ドアが変形して出られない人は、てこを利用して扉を開きます。
消防車も自衛隊もすぐには来ません。防災は避難することではなく、踏みとどまって災害と向き合い、居住者全員の安全を確保することです。地震発生から14分以内であれば多くの人命を救うことができます。阪神淡路大震災はそれを教えてくれたのです。
4-4 自分にできることを
講演の最終部で、震災の翌日に山手線有楽町駅の掲示板にかかれていた内容が紹介されました。
日本人すごい!!こんな時にも山手線ホームできれいに整列している・・・涙。
昨日の夜中、大学から徒歩で帰宅する途中、とっくに閉店したはずのパン屋のおばちゃんがパンを無料で配給して。こんな混乱の中でも自分にできることを実践している、感動心温まった。日本も捨てたもんじゃないな。
昨日信号が一ケ所も機能していない御殿場市でもお互いにドライバー同士譲り合ってたし、地元のおじいちゃんおばあちゃんが手信号やってくれたりで、混乱もなく、本当感動した。
浦和美園からタクシー使えると思ったのが甘かった、30分歩いてたら知らない人が車に乗せてくれた。人間のやさしさに感動、ありがとうございました。
昨日、歩いて帰ろって決めて甲州街道を西へ向かっていて夜の9時くらいなのに、トイレと会社を休憩所として開放しているところがあった。ビルの前で社員さんがそのことを歩く人に大声で伝えていた。感動して泣きそうになった。昨日は緊張してて泣けなかったけど、今、思いだして泣いている。
昨日4時間かけて歩いて帰ってきた主人。赤羽で心が折れそうになってた時、「お寒い中大変ですね!あったかいコーヒーどうぞ!」って叫びながら無料配布しているおっちゃんに出会った。これがあったから頑張れたそうだ。もう5回もこの話をしてくるので本当に嬉しかったんだと思う。おっちゃんありがとう!
謝辞:文中に掲載した写真類はプロジェクターで投影されたものを撮影して転載しました。ありがとうございます。