1 廣瀬教授の挑戦
1) 研究の概要
東京大学大学院理学系研究科の地球惑星科学専攻廣瀬敬教授は2024年度の4月総会で、ヨーロッパ地球科学連合からロベルト・ヴィルヘルム・ブンゼン勲章を授与されることが確定しました。これは、地球科学への重要な貢献に対して表彰されるものです。
廣瀬研究室では、天然のダイヤモンドを用いたダイヤモンドセルと呼ばれる装置を用いて、地球の中心を超える高圧高温環境を作り出すことができました。この装置を用いることにより、地球内部のあらゆる物質を実験室で合成できたのです。
廣瀬敬教授は世界に先んじて、2004年にはマントル最下部層の主要鉱物「ポストペロフスカイト」を発見し、2010年には内核の結晶構造を解明するなどの大きな成果を挙げました。
マントル深部・コア物質の相転移の研究に加え、弾性波速度、電気伝導度、熱伝導率、溶融現象、元素分配などを高圧高温下で調べています。廣瀬敬教授が素晴らしいのは、他の学部や修士の学生であっても世界最先端の研究に挑戦できるようにしていることです。
地球や惑星の「構造」や「物質の状態」、さらには「進化」を理解する上で重要なのが高圧高温下の状態を考察することです。地球表層にある物質のほとんどは高圧下で相転移を起こし、その結晶構造が変化して異なる物性を持つようになったことです。
新たな相転移の発見はもちろん重要です。その圧力や傾きを精度良く決めることも大切です。放射光X線を用いた高圧下でのその観察に加え、常圧で回収した試料の内部を切り出して組織や化学組成を詳細に観察することも重要な手段です。
地球や惑星の「構造」や「物質の状態」、さらに「進化」を理解する上で重要なのが高圧高温下での状態図です。地球表層にある物質のほとんどは高圧下で相転移を起こし、その結晶構造が変化して異なる物性を持つようになります。
新たな相転移の発見はもちろん重要ですし、その圧力や傾きを精度良く決めることも大切です。放射光X線を用いた高圧下でのその場観察に加え、常圧で回収した試料の内部を切り出して組織や化学組成を詳細に観察することも有力な研究です。
2) 地球の内部構造
廣瀬研究室では、天然のダイヤモンドと高出力レーザーを用いた「レーザー加熱式ダイヤモンドセル(LH-DAC)」と呼ばれる装置を用いて、地球の中心を超える超高圧高温環境を静的に作り出すことに成功しました。
この装置でコアの熱進化を計算するのに重要な、鉄の熱伝導率をコアの高圧高温下で初めて測ってみると、従来の推定値よりも3倍高かったことを突き止めたそうです。
また、超高圧実験の試料は小さいので化学分析がこれまで困難でしたが、収束イオンビームという装置の導入により、今では比較的容易に超高圧下での化学反応や元素分配を調べられるようになったそうです。
地球内部を調べるには地球内部の超高温高圧状態を実験で再現することが必要不可欠です。右上の写真のように手のひらにのるDAC装置を用いれば、地球内部のあらゆる温度・圧力状態を再現し、様々な物質を実験室で合成できるのです。
地球の半径は約6400キロあります。内部は大きく、中心部から順に金属でできている「コア」、岩石でできている「マントル」、我々が住んでいる「地殻」の3つの層で構成されています。
初期の地球では、ジャイアントインパクト、マグマオーシャン、コアとマントルの分離など、一連の大きなイベントがあり、それらを通じて、地球は大気・マントル・コアへと分化したと考えられています。
これらの大イベントは65年も前から知られているにも関わらず、詳細は現在でも大きな謎とされています。廣瀬教授の発見したポストペロフスカイトはマントルの中でも最下部層の物質で、ちょうどコアとマントルの境界領域にあたります。
地球の内部は、たまねぎのように何層にも分かれていることが分かっています。たまねぎの皮を外側から順に1枚ずつはがしていくように、地球を外側の層からはがしていくと最後に残るのがコアです。
3) 温度2500ケルビンの実現
その上のマントル自体もさらに4層に分かれていて、上から3層目まではそれぞれどのような物質でできているのか分かっていました。ところが、一番下の4層目に関してはさまざまな仮説があり、憶測の域を出ていなかったのです。
我々が住んでいる地殻と大気との境界はとても大きな境界で、そこでは生命活動も含め実にさまざまな現象が起こっています。地球の内部で最も重要な境界はどこかと考えたとき、コアとマントルの境界領域であることは明らかです。
では、どうやって、深さ2600キロを目指すのか。誰もが真っ先に思いつくのが掘削です。しかしながら、世界最高レベルの掘削能力を誇る深海掘削船「ちきゅう」でさえ、海底下の厚み約7キロの地殻を掘り抜くのが大目標というのが現実です。
地球内部は、中心に近づけば近づくほど高圧高温になっていくことが知られています。そこで登場するのが、高圧高温実験装置です。地球の中心部の圧力は約364万気圧、温度は5000k(=ケルビン:絶対温度)以上にも及びます。
「ダイヤモンドアンビルセル装置」は、正16角錐にカットした2個のダイヤモンドの先端を少し削って平らにし、その上に試料を乗せ、2個のダイヤモンドの間に挟みこんで圧力をかけ、そこにレーザーを当てて試料を加熱していきます。
この軽元素を同定することも、地球の形成を理解する大きな手がかりになります。軽元素を含む鉄合金の物性を調べてコアの観測値と比較する研究の他、高圧高温下におけるマントルとコアの化学平衡や、マグマオーシャンの結晶化を理解する必要があります。
マントル最深部を目指すには、120万気圧以上、温度2500以上を達成する必要がありました。そこで、廣瀬教授は1996年から1年半にわたり、米国のカーネギー地球物理学研究所に客員研究員として赴任して基本的な技術を習得しました。
帰国後、本格的にダイヤモンドアンビルセル装置を作り高圧高温実験を開始しました。深さ2600キロに匹敵する温度と圧力を実現するのは容易ではありません。試行錯誤の末に2002年の冬、遂に125万気圧、温度2500ケルビンの実現に成功しました。
4) ポストペロフスカイト
生成された物質を解析すると、誰も想像もしえなかった結晶構造の物質が目の前に現われました。この物質を「ポストペロフスカイト」と命名し、これまで謎とされていたマントル最深部の地震学的観測データを非常によく説明できることが分かりました。
「紙のようにぺらぺらと薄くはがれる“雲母”と呼ばれる鉱物をご存知ですか?ポストペロフスカイトは、薄くはがれやすいわけではないのですが、雲母と似たような結晶構造をしていて、それが電気や熱をよく通すことが分かったのです」と廣瀬教授は説明します。
地球や惑星の“構造”や“物質の状態”、さらには“進化”を理解する上で重要なのが、高圧高温下での状態図です。地球表層にある物質のほとんどは高圧下で相転移を起こし、その結晶構造が変化して異なる物性を持つようになります。
新たな相転移の発見はもちろん重要ですし、その圧力や傾きを精度良く決めることも大切です。 放射光X線を用いた高圧下でのその場観察に加え、常圧で回収した試料の内部を切り出して組織や化学組成を詳細に観察することも有力な手段です。
地球の熱的・化学的進化を理解するには、熱伝導率・粘性・化学平衡・元素分配などを地球深部の環境下で測定する必要がありますが、過去の超高圧下での測定はかなり限られています。
コアの熱進化を計算するのに重要な、鉄の熱伝導率をコアの高圧高温下で初めて測ってみたら従来の推定値よりも3倍高かった、というのは最近わかった話です。また、超高圧実験の試料は小さいので化学分析がこれまで困難でした。
収束イオンビームという装置の導入により、今では比較的容易に超高圧下での化学反応や元素分配を調べられるようになっています。地球の中心は365万気圧55000度の超高圧・高温の世界です。
地球のコアには2つの大きな未解決問題があります。コアの化学組成は何か、地球の磁場はなぜ存在しえたのかです。廣瀬研究室は、初期のコアの主要な軽元素と考えられる酸素とケイ素を含んだ二酸化ケイ素箔を融解させ、その結晶化メカニズムを明らかにしました。
5) 地球のコアの秘密
地球の中心であるコアは、液体金属でできた「外核」と固体金属でできた「内核」の2つでできています。内核が出現したのは約35億年前と思われましたが、ポストペロフスカイトが内核の形成を促進していることが廣瀬教授よって明らかになりました。
地球の中心には、鉄を主な成分とする固体の内核が存在します。しかし、その温度・圧力下における鉄の結晶構造は分かっていませんでした。2010年に、地球の中心部の物質は、鉄の原子同士が高密度で結合する「六方最密充填」と呼ばれる構造であることを突き止めました。
六方最密充填構造とは、結晶構造の一種で、正六角柱の上面および底面の各角及び中心と、六角柱の内部で高さ1/2 のところに3つの原子が存在します。底面の中心に位置する原子は、底面の角の6原子及び上下の各3原子と接する最密充填構造です。
大きな発見は、コアの温度と圧力条件で冷却に伴い、溶融した鉄合金から二酸化ケイ素が析出したことです。これまでの先行研究で予想されていた初期のコア化学組成では、どれでも二酸化ケイ素が析出してしまうのです。
鉄液体中のケイ素と酸素には共存できる上限の量があり、現在の地球コアに含まれる主成分はいずれか一方であることが初めて明らかになりました。さらに、二酸化ケイ素は鉄よりも軽く浮力を持つため、組成対流を駆動し地球の初期から磁場が存在したことも説明がつきます。
これにより、磁場のベールで守られ、生命を育める星、地球にどうして進化できたのか明らかになりました。廣瀬研究室は2010年4月には遂に364万気圧と5000ケルビンを超える圧力と温度を達成し、世界で初めて地球の中心部に到達しました。
「我々の研究室がいつも一番乗りで記録を到達できた要因は4つあります。何が何でも達成するぞという強い熱意、次にダイヤモンド研磨技術の改良を続けてくれた町工場の凄腕の研磨工さん、世界最高性能の放射光施設であるSPring-8です。
そして何より、失敗してもへこたれることなく、黙々と実験を続けてくれた優秀な東京工業大学の学生さんのお陰です」と語る廣瀬教授。成功の影には、数え切れないほどの失敗があったでしょう。廣瀬教授はそんな苦労の跡は微塵も見せず、朗らかに笑いました。