1 初恋(島崎藤村)
まだあげ初めし前髪の リンゴのもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の 花ある君と思いけり
やさしく白き手をのべて リンゴを我にあたへ(え)しは
薄紅の秋の実に 人こひ(い)初(そ)めしはじめなり
わがこころなきためいきの その髪の毛にかかるとき
たのしき恋の盃を 君が情けに酌(く)みしかな
リンゴ畑の樹(こ)の下に おのづ(ず)からなる細道は
たが踏みそめしかたみぞと 問ひ(い)まうこそこひ(い)しけれ
2 荒城の月(土井晩翠)
春高楼の花の宴 めぐる盃かげさして
千代の松がえわけいでし むかしの光りいまいずこ
秋陣営の霜の色 鳴きゆく雁の数見せて
植(う)うるつるぎに照りそいし むかしの光いまいずこ
いま荒城のよわの月 替わらぬ光たがためぞ
垣に歌うはただかず(づ)ら 松に歌うはただあらし
天上影は替わらねど 栄枯は移る世の姿
写さんとてか今もなお 嗚呼(ああ)荒城のよわの月
3 揺籠のうた(北原白秋)
揺籠(ゆりかご)のうたを カナリヤがうたう よ
ねんねこ ねんねこ ねんねこ よ
揺籠のうえに 枇杷(びわ)の実が揺れる よ
ねんねこ ねんねこ ねんねこ よ
揺籠のつなを 木ねずみ(りす)が揺する よ
ねんねこ ねんねこ ねんねこ よ
揺籠のゆめに 黄色い月がかかるよ
ねんねこ ねんねこ ねんねこ よ
4 汚れちまった悲しみに(中原中也)
汚れちまった悲しみに 今日も小雪の降りかかる
汚れちまった悲しみに 今日も風さえ吹きすぎる
汚れちまった悲しみは たとえば狐の(かわごろも)
汚れちまった悲しみは 小雪のかかってちぢこまる
汚れちまった悲しみは なにのぞむなくねがうなく
汚れちまった悲しみは 倦怠(けだい)のうちに死を望む
汚れちまった悲しみに いたいたしくも怖気(おじけ)づき
汚れちまった悲しみに なすところもなく日は暮れる
5 かなりや(西城八十)
唄を忘れた金糸雀(カナリヤ)は 後ろの山に捨てましょか
いえ いえ それはなりませぬ
唄を忘れた金糸雀は 背戸(せど)の小藪(こやぶ)に埋(い)けましょか
いえ いえ それはなりませぬ
唄を忘れた金糸雀は 柳の鞭(むち)でぶちましょか
いえ いえ それはなりませぬ
唄を忘れた金糸雀は 象牙の船に 銀の櫂(かい)
月夜の海に浮かべれば 忘れた唄を想い出す
6 天然の美(武島羽衣)
空にさへづる鳥の声 峯より落つる滝の音
大波小波?鞳たうたふと 響き絶えせぬ海の音
聞けや人々面白き 此の天然の音楽を
調べ自在に弾き給ふ 神の御手の尊しや
春は桜のあや衣 秋は紅葉の唐錦(からにしき)
夏は涼しき月の絹 冬は真白き雪の布
見よや人々美しき この天然の織物を
手際見事に織りたまふ 神のたくみの尊しや
うす墨ひける四方(よも)の山 くれなゐ匂ふ横がすみ
海辺はるかにうち続く 青松白砂(せいしょうはくしゃ)の美しさ
見よや人々たぐひなき この天然のうつしゑを
筆も及ばずかきたまふ 神の力の尊しや
朝(あした)に起る雲の殿 夕べにかかる虹の橋
晴れたる空を見渡せば 青天井に似たるかな
仰げ人々珍らしき この天然の建築を
かく広大にたてたまふ 神の御業の尊しや
7 村の鍛冶屋(1948年改訂版)
しばしも休まず 槌うつ響き 飛び散る火花よ 走る湯玉
ふいごの風さえ 息をもつがず 仕事に精出す 村の鍛冶屋
あるじは名高い 働き者よ 早起き早寝の やまい知らず
永年鍛えた 自慢の腕で 打ち出す鋤鍬(すき くわ)心こもる
8 春望(杜甫)
国破れて山河在り 国破山河在
城春にして草木深し 城春草木深
時に感じては花にも涙を濺(そそ)ぎ 感時花破涙
別れを恨んで鳥にも心を驚かす 恨別鳥驚心
烽火(ほうか)三月に連(つら)なり 烽火連三月
家書 万金に抵(あた)る 家書抵万金
白頭 掻(か)けば更に短く 白頭掻更短
渾(すべ)て簪(しん)に勝(た)えざらんと欲す 渾渾不勝簪
9 枕草子(清少納言)
春はあけぼの。や(よ)うや(よ)うしろくなり行く、山ぎは(わ)すこしあかりて、むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる。
夏はよる。月の頃はさらなり。やみもなほ(お)、蛍の多く飛びちがひ(い)たる。また、ただひとつふたつなど、ほのかにうちひかりて行(ゆ)くもを(お)かし。雨など降るもを(お)かし。
秋は夕暮れ。夕日のさして山のはいとちか(こ)うなりたるに、からすのねどこへ行くとて、みつよつ、ふたつみつなどとびいそぐさへ(え)あは(わ)れなり。まいて雁などのつらねたるが、いとちひ(い)さくみゆるはいとを(お)かし。日入りはてて、風の音むしのねなどは(ま)たいふ(う)べきにあらず。
冬はつとめて。雪の降りたるはいうふ(う)べきにもあらず、霜のいとしろきも、またさらでもいと寒きに、火などいそぎおこして、炭もてわたるもいとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火もしろき灰がちになりてわろし。
10 夏は来ぬ(佐々木信綱)
うの花のにおう垣根に 時鳥(ほととぎす) 早もきなきて 忍音もらす 夏は来ぬ
さみだれのそそぐ山田に 早乙女が 裳裾(もすそ)ぬらして 玉苗ううる 夏は来ぬ
橘のかおるのきばの窓近く 蛍とびかい おこたり諫(いさ)むる 夏は来ぬ
楝(おうち)ちる川の宿の門(かど)遠く 水鶏(くいな)声して 夕月すずしき 夏は来ぬ
さつきやみ 蛍とびかい 水鶏なき 卯の花さきて 早苗うえわす 夏は来ぬ
11 千曲川旅情の歌(島崎藤村)
小諸なる城のほとり 雲白く遊子悲しむ
緑なす繁縷(はこべ)は萌えず 若草も籍(し)くによしなし
しろがねの衾(ふすま)の岡辺 日に溶けて淡雪流る
あたたかき光はあれど 野に満つる香りも知らず
浅く飲み春は霞て 麦の色わづ(ず)かに青し
旅人の群れはいくつか 畠中(はたなか)の道を急ぎぬ
暮れ行けば浅間も見えず 歌悲し佐久の草笛
千曲川 いざよう波の 岸近く宿にのぼりつ
濁り酒濁れる飲みて 草枕しばし慰(なぐさ)む
12 ゴンドラの唄(吉井勇)
いのち短し 恋せよ乙女 赤き唇 あせぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に あすの月日は ないものを
いのち短し 恋せよ乙女 いざ手を取りて かの舟に
いざ燃ゆる頬を 君が頬に ここには誰も 来ぬものを
いのち短し 恋せよ乙女 波にただよい 波の様に
君が柔(やわ)手を 我が肩に ここには人目 ないものを
いのち短し 恋せよ乙女 黒髪の色 あせぬ間に
心のほのお 消えぬ間に 今日はふたたび 来ぬものを
13 朧月夜(高野辰之)
菜の花畠に 入日薄れ 見渡す山の端(は) 霞(かすみ)ふかし
春風そよふく 空を見れば 夕月かかりて におい淡し
里わの火影も 森の色も 田中の小路(こみち)を たどる人も
蛙(かわず)のなくねも かねの音も さながら霞める 朧(おぼろ)月夜
14 あおげば尊し(小学唱歌)
あおげば とうとし わが師の恩 教えの庭にも はや いくとせ
おもえば いと疾(と)し このとし月 今こそ わかれめ いざさらば
互いにむつみし 日ごろの恩 わするる後にも やよ わするな
身をたて 名をあげ やよ はげめよ いまこそ わかれめ いざさらば
朝ゆう なれにし まなびの窓 ほたるのともし火(び) つむ白雪
わするる まぞなき ゆくとし月 今こそわかれめ いざさらば
15 冬景色(小学唱歌)
さ霧消ゆる湊江(みなとえ)の 舟に白し 朝の霜
ただ水鳥の声はして いまだ覚めず 岸の家
烏啼(な)きて木に高く 人は畑に麦を踏む
げに小春日ののどけしや かえり咲の花も見ゆ
嵐吹きて雲は落ち 時雨(しくれ)降りて日は暮れぬ
若(も)し灯火(ともしび)の漏(も)れ来ずば それと分かじ 野辺の里
16 箱根八里(鳥居枕)
箱根の山は 天下の険(けん) 函谷関(かんこくかん)も物ならず
万丈(ばんじょう)の山 千侭(せんじん)の谷 前に聳(そび)え後に支(さそ)う
雲は山をめぐり 霧は谷をとざす
昼猶(なお)闇(くら)き杉の並木 羊腸(ようちょう)の小径(しょうけい)は苔(こけ)滑か
一夫関(いっぷかん)に当たるや万夫(ばんぷ)も開くなし
天下に旅する剛毅(ごうき)の武士(もののふ)
大刀(だいとう)腰に足駄(あしだ)がけ 八里の岩ね踏み鳴す
斯(か)くこそありしか往時(おうじ)の武士(もののふ)
17 冬の星座(堀内敬三)
木枯らしとだえて さゆる空より 地上に降りしく 奇(くす)しき光よ
ものみないこえる しじまの中にい きらめき揺れつつ 星座はめぐる
ほのぼの明かりて 流る銀河 オリオン舞い立ち スバルはさざめく
無窮(むきゅう)をゆびさす 北斗の針と きらめき揺れつつ 星座はめぐる
18 影を慕いて(古賀政男)
まぼろしの 影を慕いて雨の日に 月にやるせね わが想い
つつめば燃ゆる 胸の火に 身は焦(こ)がれつつ しのび泣く
わびしさよ せめて痛みの慰めに ギターをとりて 爪弾(つまび)けば
どこまで時雨 ゆく秋ぞ 振音(トレモロ)さびし 身は悲し
君ゆえに 永き人生を霜枯れて 永遠に春見ぬ 我がさだめ
永(なが)ろうべきか 空蝉(うつせみ)の 儚(はかな)き影よ 我が恋よ
19 桜井の別れ
青葉茂れる桜井の 里のわたりの夕まぐれ
木(こ)の下陰(したかげ)に駒とめて 世の行く末をつくづくと
忍ぶ鎧の袖の上(え)に 散るは涙かはた露か
正成涙を打ち払い 我子(わがこ)正行呼び寄せて
父は兵庫へ赴かん 彼方(かなた)の浦にて討死(うちじに)せん
汝(いまし)はここまで来(きつ)れども とくとく帰れ故郷へ
父上いかにのたもうも 見捨てまつりてわれ一人
いかで帰らん帰られん この正行は年こそは
未だ若けれ諸共(もろとも)に 御供(おんとも)仕えん死出の旅
汝をここより帰さんは わが私(わたくし)の為ならず
己れ討死為さんには 世は尊氏の儘(まま)ならん
早く生い立ち大君(おおきみ)に 仕えまつれよ国の為め
この一刀(ひとふり)は往(いに)し年 君の賜いし物なるぞ
この世の別れの形見にと 汝にこれを贈りてん
行けよ正行故郷へ 老いたる母の待ちまさん
共に見送り見返りて 別れを惜む折りからに
復(また)も降り来る五月雨(さみだれ)の 空に聞こゆる時鳥(ほととぎす)
誰れか哀(あわれ)と聞かざらん あわれ血に泣くその声を
20 白骨の章(蓮如上人)
夫(それ)、人間の浮生(ふしょう)なる相(すがた)をつらつら観(かん)ずるに、おおよそはかなきものは、この世の始中終(しっちゅうじゅう)、幻の如くなる一期(いちご)なり。
さればいまだ万歳(まんざい)の人身(じんしん)を受けたりという事をきかず。一生すぎやすし。いまにいたりて、たれか百年の形躰(ぎょうたい)を保つべきや。
我やさき、人やさき、けふ(きょう)ともしらず、あすともしらず、おくれさきだつ人は、もとの雫(もとのしずく)・すゑの露(すえのつゆ)よりもしげしといえり。
されば、朝(あした)には紅顔ありて、夕(ゆうべ)には白骨となれる身なり。すでに無常の風きたりぬれば、すなわち、ふたつのまなこたちまちにとぢ、ひとつのいきながくたえぬれば、紅顔むなしく変じて桃李のよそおいをうしいぬるときは、六親眷属(ろくしんけんぞく)あつまりてなげき悲しめども、更にその甲斐あるべからず。
さてしもあるべき事ならねばとて、野外におくりて夜半(よわ)のけぶりとなしはてぬれば、ただ白骨のみぞのこれり。あわれというも中々おろかなり。
されば、人間のはかなき事は老少不定(ろうしょうふじょう)のさかいなれば、たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏を深くたのみまいらせて、念仏もうすべきものなり。あなかしこ あなかしこ。
参考文献:声に出して読みたい日本語1~4(齋藤孝、草思社)、ボールペンで書く日本語練習帳(岡田崇花、廣済堂出版)など。