はげちゃんの世界

人々の役に立とうと夢をいだき、夢を追いかけてきた日々

第17章 小宇宙の戦い

宇宙は戦場で、壮絶で破壊的な場所です。銀河は死闘を繰り広げています。銀河が生き延びるためには他の銀河を食べるしかないのです。私たちの銀河である天の川銀河も、最終的には破壊される運命にあります。戦いは銀河の成長と死に深くかかわっています。

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1 天の川銀河

 1) 飲み込まれた銀河

2018年、天文学者たちはガイア衛星のデータをもとに天の川銀河の三次元地図を作製し、10数億個の恒星とその中の動きを明らかにしました。するとその中に奇妙な動きをするものがありました。

天の川銀河の恒星の中には、奇妙な軌道を回る一群があったのです。中心部近くの一部の恒星が、ほかの大多数の恒星とは違う細長い軌道を回っていました。遠くからやってきて銀河系の中心で、ぐるっとUターンして戻っていくちょうどほうき星に似た動きです。

中心付近に突っ込むような軌道を回る一群の恒星、その分布と軌道を地図に描くと浮かび上がったのはソーセージのような形です。このような奇妙な一群が生まれるには大事件があったのです。

それは宇宙規模での衝突の名残と考えられます。一群の恒星は天の川銀河と別な銀河の激しい戦いの犠牲者なのです。天の川銀河の大多数の星と動きが違うのは、他の銀河から来た星だからで奇妙な動きは戦いの傷跡なのです。

100億年前にガイアエンケラドス銀河が、天の川銀河に突っ込んできました。恒星の数はおよそ500億個程度、侮れない大きさの銀河ですが天の川銀河の質量はガイアエンケラドスの4倍もありました。

銀河の衝突ではサイズがものを言います。大きな銀河が小さな銀河を支配します。小さな銀河は飲み込まれ引き裂かれる運命です。銀河の衝突は、相対する巨大な軍隊が互い違いに進軍していくのに似ています。戦いに使うのは自らの重力です。

この戦いは天の川銀河を破壊するどころか、美しく変貌させました。天の川銀河の全体像をとらえることはできませんが、平面上に広がった渦を巻いている姿でしょう。きっちりと巻いた数本の渦巻き腕、その中では盛んに星が形成されています。

銀河系


 宇宙のいたるところで銀河は戦い続け、戦いの傷跡は宇宙最大級の謎を解き明かす鍵となります。けれども、銀河の戦いはリアルタイムで観察できません。大きな銀河になると直径数十万光年、衝突と合体に何百億年もかかることがあるのです。

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 2) 大マザラン雲との衝突

天の川銀河系の形は基本的に平らな円盤です。ところが最近になって、端の方にほんの少し反り返りがあることがわかりました。片側では星が円盤の下の方に、反対側では星は上の方にあるのです。

このゆがみを生じさせたのは、天の川銀河の周りを回る「いて座矮小銀河」の影響と思われています。天の川銀河の星の動きをみると、いて座矮小銀河が天の川銀河を突き抜けたことがわかります。それも一度だけではなく何度か突き抜けているのです。

衝突は60億年前、20億年目、そして10億年前にも起こったとされます。銀河系の重力で矮小銀河から引き離された光線が銀河系から筋状に伸びています。戦いは終わってはいません。矮小銀河は再び襲ってきます。

これまでの戦いは天の川銀河の連戦連勝でした。とはいえ、周囲は敵だらけなのです。近くには3個の大きな銀河と50個ほどの小さな銀河があります。天の川銀河の衛星銀河で有名なものは大マザラン雲と小マザラン雲です。

大マザラン雲は時速150万kmで接近し、銀河系と衝突すると考えられています。衝突が起きるのはおよそ25億年後です。天の川銀河の円盤に穴をあける、あるいは渦巻き腕に損傷を与えることも考えられます。

地球は渦巻き腕の一つに位置しています。大マザラン雲が地球の近くに衝突すれば、大災害が起こり得ます。二つの銀河の質量が相互作用すれば、銀河系から弾き飛ばされる恒星や惑星が出てきます。

もし、太陽が銀河系から放り出されたら地球もきっと一緒です。夜空の様子は劇的に変わるでしょう。渦を巻いている銀河系の全体像を特等席で見ることができるので、きっと感動することでしょう。

もし、恒星が太陽の近くを通ったら、地球は太陽に飲み込まれてしまうでしょう。あるいは隕石が降り注ぐかもしれません。もしくは、地球が太陽系から弾き飛ばされるかもしれません。そうなったら地球の生命終わりです。これはありうることなのです。

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 3) アンドロメダ銀河との闘い

大マザラン雲との戦いに勝ったとしても、その次にアンドロメダ銀河との全面戦争が待ち構えています。アンドロメダ銀河が天の川銀河に近づいてきていることは相当前から分かっていましたが、どうやらまともにぶつかるであろうことがわかってきました。

ハップル宇宙望遠鏡の観測データによれば、二つの銀河が衝突するのはおよそ40億年後のこと、それは空前の戦いとなります。局部銀河群との戦いに連戦連勝の二つの大きな銀河が真っ向から対決するのです。

二つの銀河


 巨大な銀河同士の衝突はまれにしかおきません。おそらく壮大な死闘になるでしょう。武器となる重力はほぼ互角ですからどちらの銀河にとってもダメージは計り知れません。接近しすぎたアンドロメダ銀河と天の川銀河はお互いに深刻な影響を与えます。

恒星とかガスとかいろいろなものが放り出されることになるでしょう。衝突は一度ではすみません。二つの銀河は重力の作用で死のダンスを踊るのです。新しいシュミレーションでは、最初はお互いの銀河をすり抜けるだけです。

でも重力の相互作用でブレーキがかかり、また引き返してきます。二つの銀河は衝突しては離れ、相手に深手を負わせていきます。そのとき空を見上げたら、アンドロメダの潮汐力で天の川が引き裂かれるのがわかるでしょう。

美しい二つの渦巻き銀河はお互いを引き裂きながら合体し、一つの超楕円銀河になります。それは1兆個の恒星からなる宇宙最大級の楕円銀河です。こうして誕生した新銀河は古い銀河とはまるで違います。パワフルでエネルギーに満ち溢れています。

その超楕円銀河には壮絶な歴史が隠されています。それは何十億年にも及ぶ戦いの時代を経た姿です。多くの銀河は衝突を繰り返して成長します。そして最後に、巨大ななめらかな楕円銀河になるのです。

巨大な銀河同士の衝突は壮大なスペクタクルです。合体した銀河には星とガスがあふれています。これがスーパー兵器のエネルギー源になるのです。怪物のような銀河が手にする究極の兵器とは巨大な死の光線、数万光年のかなたまで届く高エネルギーのジェットです。

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2 奇妙な銀河

 1) 巨大な死のジェット

合体した銀河の中心から、膨大なエネルギ-が放出されます。このジェットが1秒あたりに放出するエネルギーは太陽の一生分以上という最強のジェットです。このジェットは一時的なものではなく、何百万年も放出され続け何万光年先までも届くのです。

高エネルギーのジェット


 何がこのジェットの引き金になるのでしょう。答えが見つかったのは2018年です。ハワイにあるスバル望遠鏡は、衝突中の銀河から放出されるジェットをとらえたのです。二つの銀河が衝突合体の過程にあって、片方の銀河からジェットが出ているのです。

高エネルギーのジェット


 衝突によってガスやチリは銀河の中心部に向かいやすくなります。そこで待つのはブラックホール、膨大な量の物質が渦巻きながらブラックホールへ殺到します。超大質量ブラックホールといえどもすべての物質を飲み込めません。

強力な磁場の働きで、物質は両極へと運ばれ、細く絞られたジェットとなります。すばる望遠鏡は、楕円銀河の形成過程の一シーンを捉えたのです。二つの渦巻き銀河の合体でジェットが発生することがわかりました。楕円銀河の形成解明に役立つ発見です。

宇宙には天の川銀河系と比較して、桁はずれの超巨大な銀河があります。天の川銀河は大きめ、つまり平均よりは大きいのです。でも、IC1101のように直径が天の川銀河の50倍以上で、恒星の数は一兆個を優に超える巨大な銀河もあります。

超巨大な銀河の存在は謎でした。宇宙の年齢を考えると、たとえ合体を繰り返してもそこまで大きくなるのは無理だと思われるのです。宇宙のはるか彼方を覗き込むと、ビッグバンからわずか10億年程度のところに、信じられないほど大きな銀河があるのです。

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 2) 矮小銀河の悲哀

銀河は合体によって大きくなるのはわかりましたが、銀河の成長についてすべて理解できたわけではありません。2019年のことです、3億光年離れたところにある巨大な銀河NGC6240を調べました。

銀河はとてもゆがんだ形をしていたので、合体したばかりかもしれないと研究対象になっていました。研究者たちは中心にあるブラックホールを突き止めるつもりでした。ところが、分厚いチリとガスの中を覗き込むと、予想外の発見がありました。

中心部には3っつの大質量ブラックホールがありました。3つの銀河が合体して質量は3倍、星の数も3倍、物質の量も3倍、戦いの激しさも3倍です。この三つ巴の戦いは、銀河が予想外に巨大化する理由がありそうです。

銀河の衝突や合体は、私たちの想像以上に頻繁に起こっていたようです。過去は、銀河同士の距離はもっと近かったからです。つまり、過去にはすべての銀河が密集していました。だから重力の相互作用が起きやすく、衝突の機会多かったはずです。

壮絶な戦場だった初期の宇宙、衝突は日常茶飯事でした。銀河は衝突を繰り返し、急速に成長します。しかし、利益を得た銀河ばかりではありません。敵に挑んで死にかけている銀河もあります。銀河の戦いでカギを握るのは質量、つまり重力です。

大きな銀河は衝突によって大きくなります。一方重力で劣る銀河には過酷な運命が待っています。その痕跡をとどめるのは、新たに発見された不思議な銀河です。恒星の数はそこそこ多いのですが、極めて狭い範囲に密集しているのです。

直径は天の川銀河の500分の1程度しかありません。超コンパクト矮小銀河、UCBと呼ばれる銀河です。天の川銀河を例えると雲のようなものですがUCBは岩のようにぎゅっと固まっています。天文学者たちは矮小銀河M60UCB1を詳しく調べました。

M60UCB1の直径は500光年、天の川銀河の500分の1です。恒星の数は銀河系が2000億個以上ですが1億4千万個と恐ろしく密集しています。天文学者がさらに調べると、中心部にありえないサイズの超ブラックホールがあったのです。

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 3) 犯人は誰だ

その質量は天の川銀河の中心にあるブラックホースの質量の5倍でした。銀河の大きさはブラックホールと相関関係にあります。なぜあのような矮小銀河に巨大なブラックホールがあるのでしょう。考えられるのは、銀河はかなり大きな銀河だったということです。

超コンパクト銀河は元々もっと大きな銀河でした。今の姿は密集した中心部だけが残ったのかもしれません。ブラックホールの質量から計算すると、M60UCB1には100億個の恒星があったと思われます。その大部分は剥ぎ取られたようです。

剥ぎ取った犯人は、近くにある圧倒的な重力を誇る超巨大銀河M60でしょう。この銀河には恒星が1兆億個はあるようです。M60は通りすぎる敵を見逃しません。通り過ぎる銀河に重力を働かせてごっそり恒星を奪い取ったのです。

M60を通り過ぎた後に残ったのは、超大質量ブラックホールとほんのひとにぎりの恒星だけでした。M60UCB1は壊滅的な被害を受け、98%以上の恒星が奪い取られたのです。元はかなり大きな銀河だったのに、このようなことが起こりうるのです。

この現象は二つの銀河の枠組でとらえられますが、一方的な虐殺です。M60銀河は、この弱体化した銀河に襲い掛かり、完全に征服すると思われます。小さな銀河はさらに引き裂かれ、大きな銀河に星を奪われます。

矮小銀河はいずれバラバラになってM60の一部になる可能性が高いでしょう。小さな銀河は疲弊していますがまだ力からは残っています。最後の反撃もあり得ます。自爆攻撃でM60を浮足立たせるかもしれません。攻撃は大混乱を招くでしょう。

恒星はあらゆる方向へ動き出します。とんでもないスピードに加速されるものもあります。そうなるとM60を飛び出す恒星も出てくるかもしれません。銀河を飛び出す恒星は時速300万kmにも加速されています。いったん飛び出したら元の銀河へ戻れません。

しかし、最後の反撃をしても結果は同じ。M60UCB1はM60に飲み込まれる運命です。銀河同士の戦いはまさに弱肉強食です。小さな銀河は抵抗もむなしく大きな銀河に飲み込まれてしまうのです。その恒星とガスは大きな銀河をさらに大きくするのです。

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 4) 待ち構える過酷な運命

一方、戦いを拒む平和的な銀河にも飢え死にという過酷な運命が待ち構えています。宇宙の戦いに容赦はありません。多くの銀河はその犠牲になるのです。しかし戦いは、新たな命をももたらします。これは不規則銀河NGC4485です。

NGC4485


 この銀河は二つの顔を持つ銀河です。銀河の左右で全く様相が異なっているのです。左側の落ち着いた状態で古い銀河の様相ですが、右側では盛んに星が形成されていて花火のようです。なぜ片側だけで星が誕生しているのでしょう。

原因はこの銀河の外側にある銀河で、その銀河との接触が星の形成を引き起こしたのです。別の銀河がこの銀河のへりをかすめるように通り過ぎ、ガスをかき乱したことが引き金になったようです。右半分のガスは接触によって圧縮され、重力で収縮され始まます。

銀河といえばまず星を思い浮かべますがガスも重要です。星はガスから形成されるのです。銀河の衝突や接触の後には爆発的な星形成、いわゆるスターバーストが起こります。スターバースを起こすための起爆剤、それが銀河の衝突なのです。

ガスの雲が衝突すると圧縮されて塊ができます。それがさらに圧縮して恒星が誕生します。破壊的な衝突には銀河を若返らせるという一面もあるわけです。しかし、戦利品はいずれなくなります。

衝突で相手の星を取り込んだ銀河は、しばらくの間はたくさんの星を生み続けます。多くの星を造ればいずれは材料がつきてしまいます。銀河が生き続けるには、他の銀河を食べるしかないのです。銀河は常に戦い続けなければなりせん。

では、平和主義の銀河や孤立主義の銀河はどうなるのでしょう。典型的の平和主義の銀河があります。NGC1277です。NGC1277は星の数は多いのですが古い星ばかりで、星の形成は100億年前に止まってしまったようです。

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 5) 宇宙の未来も決める銀河

NGC1277はペルセウス銀河団に属しています。この銀河団には1000億の銀河団があり、衝突のチャンスをうかがっています。なぜこの銀河は衝突で若返りを図らなかったのか。カギを握るのはまたしても重力です。

NGC1277は巨大な質量をもつ銀河団のなかにあります。その位置を調べると銀河団のなかの中心付近でした。多くの銀河の重力が組み合わさって作用した結果、NGC1277は時速300万kmで移動しています。この数十億年でどんどん加速が進んでこれまでになく早く動いています。

こんな速さで動くと、他の銀河につかまって衝突合体することもありません。新たに星を形成するチャンスがないNGC1277は死につつあります。残っているのは年老いた赤い星だけです。銀河の色が赤だったら死が近いということになります。

恒星が誕生していれば青い星があるはずですが、この銀河は赤星ばかりです。戦わない銀河はただ消えていきます。銀河が全く戦わなくなったら星の形成は止まり、徐々に死んでいくだけ。私たちの銀河系でも同じことが言えます。

星の形成を促す銀河同志の衝突が終わったとき、銀河は死を迎えるのです。銀河の戦いは勝者に星の材料を供給します。わたしたちの銀河も勝利の恩恵を受けてきました。こうした戦いがなければわたしたちの太陽系も存在していなかったでしょう。

太陽系が誕生する少し前に、天の川銀河はいて座矮小銀河と衝突しています。わたしたちはいて座矮小銀河に感謝しなければいけないかもしれません。あの銀河が太陽系のもとになるガスを供給してくれた可能性は十分にあるからです。

銀河の戦いは想像と破壊の物語です。銀河は衝突によって成長します。衝突によって若返ることもあります。一方衝突によって破壊される銀河もあります。わたしたちがいまあるのは銀河の衝突のおかげかもしれません。

銀河の戦いは、私たちに銀河はどのように成長し死んでいくのかを教えてくれました。突き詰めていけば、銀河の衝突と合体が宇宙の原動力です。銀河の戦いが今の宇宙を作った。それで宇宙の未来も決めるのです。

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参考文献:国立天文台、NASA(アメリカ航空宇宙局)、BS12ディスカバリー傑作選「解明宇宙の仕組み」。