1 天の川銀河
1) 飲み込まれた銀河
2018年、天文学者たちはガイア衛星のデータをもとに天の川銀河の三次元地図を作製し、10数億個の恒星とその中の動きを明らかにしました。するとその中に奇妙な動きをするものがありました。
天の川銀河の恒星の中には、奇妙な軌道を回る一群があったのです。中心部近くの一部の恒星が、ほかの大多数の恒星とは違う細長い軌道を回っていました。遠くからやってきて銀河系の中心で、ぐるっとUターンして戻っていくちょうどほうき星に似た動きです。
中心付近に突っ込むような軌道を回る一群の恒星、その分布と軌道を地図に描くと浮かび上がったのはソーセージのような形です。このような奇妙な一群が生まれるには大事件があったのです。
それは宇宙規模での衝突の名残と考えられます。一群の恒星は天の川銀河と別な銀河の激しい戦いの犠牲者なのです。天の川銀河の大多数の星と動きが違うのは、他の銀河から来た星だからで奇妙な動きは戦いの傷跡なのです。
100億年前にガイアエンケラドス銀河が、天の川銀河に突っ込んできました。恒星の数はおよそ500億個程度、侮れない大きさの銀河ですが天の川銀河の質量はガイアエンケラドスの4倍もありました。
銀河の衝突ではサイズがものを言います。大きな銀河が小さな銀河を支配します。小さな銀河は飲み込まれ引き裂かれる運命です。銀河の衝突は、相対する巨大な軍隊が互い違いに進軍していくのに似ています。戦いに使うのは自らの重力です。
この戦いは天の川銀河を破壊するどころか、美しく変貌させました。天の川銀河の全体像をとらえることはできませんが、平面上に広がった渦を巻いている姿でしょう。きっちりと巻いた数本の渦巻き腕、その中では盛んに星が形成されています。
宇宙のいたるところで銀河は戦い続け、戦いの傷跡は宇宙最大級の謎を解き明かす鍵となります。けれども、銀河の戦いはリアルタイムで観察できません。大きな銀河になると直径数十万光年、衝突と合体に何百億年もかかることがあるのです。
2) 大マザラン雲との衝突
天の川銀河系の形は基本的に平らな円盤です。ところが最近になって、端の方にほんの少し反り返りがあることがわかりました。片側では星が円盤の下の方に、反対側では星は上の方にあるのです。
このゆがみを生じさせたのは、天の川銀河の周りを回る「いて座矮小銀河」の影響と思われています。天の川銀河の星の動きをみると、いて座矮小銀河が天の川銀河を突き抜けたことがわかります。それも一度だけではなく何度か突き抜けているのです。
衝突は60億年前、20億年目、そして10億年前にも起こったとされます。銀河系の重力で矮小銀河から引き離された光線が銀河系から筋状に伸びています。戦いは終わってはいません。矮小銀河は再び襲ってきます。
これまでの戦いは天の川銀河の連戦連勝でした。とはいえ、周囲は敵だらけなのです。近くには3個の大きな銀河と50個ほどの小さな銀河があります。天の川銀河の衛星銀河で有名なものは大マザラン雲と小マザラン雲です。
大マザラン雲は時速150万kmで接近し、銀河系と衝突すると考えられています。衝突が起きるのはおよそ25億年後です。天の川銀河の円盤に穴をあける、あるいは渦巻き腕に損傷を与えることも考えられます。
地球は渦巻き腕の一つに位置しています。大マザラン雲が地球の近くに衝突すれば、大災害が起こり得ます。二つの銀河の質量が相互作用すれば、銀河系から弾き飛ばされる恒星や惑星が出てきます。
もし、太陽が銀河系から放り出されたら地球もきっと一緒です。夜空の様子は劇的に変わるでしょう。渦を巻いている銀河系の全体像を特等席で見ることができるので、きっと感動することでしょう。
もし、恒星が太陽の近くを通ったら、地球は太陽に飲み込まれてしまうでしょう。あるいは隕石が降り注ぐかもしれません。もしくは、地球が太陽系から弾き飛ばされるかもしれません。そうなったら地球の生命終わりです。これはありうることなのです。
3) アンドロメダ銀河との闘い
大マザラン雲との戦いに勝ったとしても、その次にアンドロメダ銀河との全面戦争が待ち構えています。アンドロメダ銀河が天の川銀河に近づいてきていることは相当前から分かっていましたが、どうやらまともにぶつかるであろうことがわかってきました。
ハップル宇宙望遠鏡の観測データによれば、二つの銀河が衝突するのはおよそ40億年後のこと、それは空前の戦いとなります。局部銀河群との戦いに連戦連勝の二つの大きな銀河が真っ向から対決するのです。
巨大な銀河同士の衝突はまれにしかおきません。おそらく壮大な死闘になるでしょう。武器となる重力はほぼ互角ですからどちらの銀河にとってもダメージは計り知れません。接近しすぎたアンドロメダ銀河と天の川銀河はお互いに深刻な影響を与えます。
恒星とかガスとかいろいろなものが放り出されることになるでしょう。衝突は一度ではすみません。二つの銀河は重力の作用で死のダンスを踊るのです。新しいシュミレーションでは、最初はお互いの銀河をすり抜けるだけです。
でも重力の相互作用でブレーキがかかり、また引き返してきます。二つの銀河は衝突しては離れ、相手に深手を負わせていきます。そのとき空を見上げたら、アンドロメダの潮汐力で天の川が引き裂かれるのがわかるでしょう。
美しい二つの渦巻き銀河はお互いを引き裂きながら合体し、一つの超楕円銀河になります。それは1兆個の恒星からなる宇宙最大級の楕円銀河です。こうして誕生した新銀河は古い銀河とはまるで違います。パワフルでエネルギーに満ち溢れています。
その超楕円銀河には壮絶な歴史が隠されています。それは何十億年にも及ぶ戦いの時代を経た姿です。多くの銀河は衝突を繰り返して成長します。そして最後に、巨大ななめらかな楕円銀河になるのです。
巨大な銀河同士の衝突は壮大なスペクタクルです。合体した銀河には星とガスがあふれています。これがスーパー兵器のエネルギー源になるのです。怪物のような銀河が手にする究極の兵器とは巨大な死の光線、数万光年のかなたまで届く高エネルギーのジェットです。