1 日本でのスパイ活動
1) 日本はスパイ天国
スパイにとって「天国」とは、重要な情報が豊富なこと、捕まりにくく万一捕まっても重刑を課せられないことである。日本は最先端の科学技術をもち、また世界中の情報が集中している情報大国でもある。
しかも、日本ではいくらスパイ行為を働いても罪にならず、スパイ活動はまったく自由である。つまり、スパイにとっては何の制約も受けない「天国」だということを意味している。
米国に亡命した旧ソ連KGB少佐レフチェンコ氏が、日本はKGBにとってもっとも活動しやすい国だったと『KGBの見た日本』で証言している。また、旧ソ連軍の情報部将校、スヴォ―ロフは「日本はスパイ活動に理想的で仕事が多過ぎスパイにとって地獄だ」と、笑えない冗談まで言っているほどである。
昭和29年(1954年)にKGBの前身・MVD中佐のラストボロフ氏が、アメリカに亡命して証言した「ラストボロフ事件」で一大スパイ網が明らかになった。それによると、旧ソ連に抑留された日本人の中から八千数百人をスパイ要員として、日本や米軍の秘密情報収集のため操っていたという。
その全貌はスパイ防止法がないこと、また関係者の相次ぐ怪死や自殺によって未解明のままである。当時、事件を扱った岡嵜格(いたる)氏(元大阪高等検察庁検事長)は、「スパイを取り締まる法律がないので、国家公務員法などを適用せざるを得なかった。
スパイ防止法がないから(国家公務員法などで容疑者の一部を有罪にできたが)検察側の敗北に終わったようなものだった」と述懐している。
2) 日本での軍事スパイ活動
警視庁公安部は2007年2月、防衛庁(現防衛省)技術研究本部の元技官を在職中に潜水艦に関する資料を持ち出した窃盗容疑で書類送検した。資料は中国に渡っており、単なる窃盗事件ではなく中国によるスパイ事件だったことが明らかになった。
元技官は1971年に防衛庁に入庁し、技術研究本部で潜水艦を造る鉄鋼材料の強度向上の研究などを担当していた。2002年、同本部第一研究所の主任研究官で定年退職。資料を持ち出したのは在職中の2000年のことで、「高張力鋼」と呼ばれる潜水艦の船体に使われる特殊鋼材や加工に関する技術報告書をコピーし持ち出していた。
報告書は防衛庁が自衛隊法で定める防衛機密と指定していなかったので、警視庁は自衛隊法違反容疑ではなく、窃盗罪で書類送検したという。防衛庁は甘過ぎると多くの専門家が呆れ果てた。
と言うのも「高張力鋼」情報の漏えいは、潜水艦の潜航深度や魚雷などによる破壊程度を教えるばかりか、それを「敵」の潜水艦建造に利用されれば、わが国への脅威が増すからである。まさに国を売ったようなスパイ活動と言うほかはない。
元技官は中国大使館の武官らと付き合いの深い、貿易会社元社長の要求に応じて報告書のコピーを渡していた。元技官は現職中の2001年末に元社長に誘われて中国・北京に渡航しているばかりか、国内では在日中国武官らと再三、飲食を共にしていた。
明らかに元技官は金につられてスパイに成り下がったのである。元社長は防衛関係者と広く接触し、2004年までの10年間に約30回も中国に渡航している。中国の海軍力増強は、実にスパイ活動によって日本の技術を盗み出して行っているのだ。
3) スパイ防止法がない日本
国家の安全保障を脅かすスパイにはどの国も厳罰で臨んでいる。にもかかわらず、日本はスパイ罪すら設けていない。スパイ行為そのもので逮捕できないのは、世界で日本一国だけである。
自衛権は国際法(国連憲章第51条)で認められた独立国の固有の権利で、国家機密や防衛機密を守り、他国の諜報活動を防ぐのは自衛権の行使として当然の行為である。世界のどの国もスパイ行為を取り締まる法整備を行っている。それが諜報対策の基本である。
ところが、わが国にはスパイ行為を取り締まる法律そのものがない。このため他国ではスパイ事件であっても日本ではそうはならない。初代内閣安全保障室長で、警視庁公安部や大阪府警警備部などで北朝鮮やソ連、中国の対日スパイ工作の防止に当たってきた佐々淳行氏は次のように述べている。
我々は精一杯、北朝鮮をはじめとする共産圏スパイと闘い、摘発などを日夜行ってきたす。いくら北朝鮮を始めとするスパイを逮捕・起訴しても、せいぜい懲役一年で執行猶予がつき、裁判終了後には堂々と大手をふって出国していくのが実体だった。
なぜ、刑罰がそんなに軽いのか。どこの国でも制定されているスパイ防止法が日本には与えられていなかったからである。ちゃんとしたスパイ防止法が制定されていれば、北朝鮮による悲惨な拉致事件も起こらずにすんだのではないか。罰則を伴う法規は抑止力として効果があるから。
佐々氏は「他の国では死刑まである重大犯罪であるスパイ活動などを出入国管理法、外国為替管理法、旅券法、外国人登録法違反、窃盗罪、建造物(住居)進入などの刑の軽い特別法や一般刑法で取締らされ、事実上、野放し状態だった」と話している。
世界各国では、CIA(米中央情報局)やFBI(米連邦捜査局)、SIS(英情報局秘密情報部)などの諜報機関を設けて取り締まるのが常識である。ところが、わが国にはそうした法律や諜報機関が存在しない。
4) 日本にスパイ防止法がない理由
1985年に自由民主党から立案されたスパイ防止法は廃案になった。この時の法案は「公務員」の守秘義務を定め、第三者へ漏洩する行為防止を目的としたものだった。既遂行為はもちろん、未遂行為や機密事項の探知・収集、機密書類の紛失などによる漏洩なども罰則の対象に含まれていた。
マスコミは「憲法が保障する表現の自由に抵触する」として批判した。当時の野党(日本社会党・公明党・民社党・日本共産党・社会民主連合など)も猛反対して審議拒否を貫き、国会閉会に伴い廃案になった。まさに良識を捨てた亡国のヤカラ達である。
企業には「企業秘密」があり、社員には「守秘義務」がある。企業秘密を守らなければ企業は存続できず、新技術も新製品すらも出すことができない。国であっても国家機密は必ずあるべきで、それを漏洩するようなことがあれば罰せられて当然ではないだろうか。
国民に開示すべき重要な情報が隠蔽される可能性や、機密でもない情報を機密とすることもできてしまいかねない点は否定できないが、少なくとも国家機密は存在し、全国民に開示すべき情報ではないものがあるのは事実である。
マスコミや野党は「拉致被害者の帰国を進めるべき」としているが、スパイ防止法がないため拉致を未然に防げなかった。スパイ防止法が制定されたら、最も困るのはマスコミと一部の国会議員だろう。安全保障の最大の課題はスパイ防止法の早期制定である。
警察庁は2009年版「治安の回顧と展望」で、中国の対日スパイ活動について先端科学技術をもつ企業や防衛関連企業などに研究者や留学生らを派遣し「長期間にわたって巧妙かつ多様な手段で、先端科学技術の情報収集活動を行っている」と警告を発していた。
中国のスパイ活動はプロの情報機関員だけでなく、あらゆる階層の中国人を情報収集員として使い、とりわけ近年は軍事科学技術の収集に力を注いでいる。的はずれな反対意見を持つマスメディアとスパイ活動をしているような政治家が国を亡ぼす。
スパイ防止法を定めているその他の国々で、表現の自由、言論の自由が制約されている国があるだろうか。アメリカやイギリスなど、いずれもスパイ防止法が制定されているが同時に言論の自由も保障されている。言論の自由がないのは中国とロシアぐらいだろう。
5) 世界各国の防諜機関
アメリカの諜報機関は中央情報局CIAと連邦捜査局FBIである。ロシアの諜報機関はプーチン大統領が長官を務めた連邦保安庁FSBと対外情報庁SVRで、イギリスの諜報機関はジェームス・ボンドで有名の内務省保安局M15と秘密情報部M16である。
ドイツの諜報機関は連邦情報局MABと軍事保安局MADである。フランスの諜報機関は対外治安総局DGSEと軍事偵察局DRMで、イタリアの諜報機関は軍事保安庁SISMIと民主主義保安庁SISDEである。
スペインの諜報機関は国家情報センターCNIである。イスラエルの情報機関はイスラエル諜報特務庁とイスラエル参謀本部諜報局 、スウェーデンの情報機関は軍情報部MUST、ノルウェーの情報機関はノルウェー情報部NISである。
中国の諜報機関は、中華人民共和国国家安全部、中華人民共和国公安部、中国共産党中央統一戦線工作部、中国人民解放軍総参謀部第二部である。北朝鮮の情報機関は朝鮮人民軍偵察総局、朝鮮人民軍保衛司令部、朝鮮人民軍総政治局敵工部である。
韓国の諜報機関は、国家情報院 ・国家情報院・国軍情報司令部である。中華民国(台湾)の諜報機関は国家安全局NSB、インドの情報機関は合同情報委員会JIC、フィリピンの情報機関は国家情報調整局はNICAである。
主な国のスパイ罪の最高刑は、アメリカ(連邦法典794条=死刑)、ロシア(刑法典64条=死刑)、イギリス(国家機密法1条=拘禁刑)、フランス(刑法72・73条=無期懲役)、スウェーデン(刑法6条=無期懲役)。
中国(反革命処罰条例=死刑)、北朝鮮(刑法65条=死刑)。