1 身近で発生する火災
地震や風水害風水害などの自然災害と比べ、全国では毎年4万件を超える火災が発生しています。これだけ多くの身近で発生する火災に取り囲まれている私たちは、そこからどのようなことを学び取ったのでしょうか。もしかしたらあまりにも身近すぎて、分かったつもりになってはいないでしょうか。
出火原因のトップを占める「放火」や「放火の疑い」による火災は、身近で発生する火災の代表的なものです。放火火災の傾向としては、冬から春先および夜間から明け方(夜8時から朝6時)にかけて多く発生しています。放火予防のために特に次の点に注意され、放火されない環境をつくるよう心がけましょう。
★ わが家の対策
ア. 家の周囲に燃えやすいものを置かない。
イ. ゴミは収集日の朝に出す。
ウ. 物置や車の施錠をする。
エ. 家の周囲に照明をつける。
★ アパート・マンションの対策
ア. 廊下、階段などに燃えやすいものを置かない。
イ. 郵便受けには、チラシなどを放置しない。
ウ. ゴミは収集日の朝に出す。
エ. 通路などは明るくする。
火災の原因を調べて、類似した火災を防ぐというのは消防の重要な使命のひとつです。このために火災現場の最前線で活動するのが火災調査です。私は、主任火災調査員として数々の火災現場で原因究明に携わった経験を持っています。火災現場で感じ取った様々な教訓は、いつごろからかあるまとまりを持つようになりました。それが「火災から身を守る6つの法則」です。
1-1 埋もれた炎を見逃さない
放火に次ぐ出火原因はたばこです。わが国において喫煙人口は減少傾向にあるはずなのですが、たばこによる出火はなかなか減る兆しを見せません。居室内のたばこによる火災は、初めは炎を伴わない無炎燃焼が起こり、布団や畳を焦がしならがら徐々に燃え広がるため燃えていることに気付きにくい性質があります。やがて多量の煙が発生した後に発火し炎を上げて燃焼します。
時間が経った後に発火するので、外出したり、寝てしまった後の思わぬ時間に火災が発生します。発火まで数十分から数時間になることもあるので注意が必要です。もし飲酒等をしていて深い眠りについていると、気付かないうちに煙で一酸化炭素中毒になることもあります。
たばこや線香の火は、ろうそくやバーナーの火と異なり炎を出さずに燃え、このような燃え方を無炎燃焼と呼んでいます。木材、紙類も無炎燃焼します。
たばこの無炎燃焼は、中心部の燃焼温度は700~800℃にも達し、放置すると14~15分間も燃焼し続けるというデータがあります。燃焼は物体表面に垂直に進行してゆきます。
喫煙者がこのような知識を十分持っていないことが問題です。しかも、炎が見えないために火を取り扱っていることを忘れ、たばこを無造作に扱うことが火災発生の原因になっています。
たばこが原因となる火災を防ぐには、次の点に注意してください。
a. たばこの投げ捨ては絶対にしない
b. 歩きながらの喫煙やくわえたばこはしない。
c. 寝たばこは絶対にしない。
d. 火のついたままのたばこを放置しない。
e. 灰皿にはいつも水を入れておく。
f. 灰皿は置く場所を決めておき、その場所で吸う。
g. たばこは水をかけてから生ごみ等と一緒に捨てる。
h. 寝具類、座布団、カーペットは燃えにくい「防炎製品」を使う。
1-2 電気を侮らない
テレビや新聞で「火災の原因は漏電」というニュースを見かけますが、実際の火災は漏電以外のトラッキングや接続箇所や細い電線の発熱などが主な原因です。一般家庭で漏電ブレーカーが付いていれば、漏電による火災は起こりにくいはずです。
1-1-1 電線同士の接続
電気火災の原因は、コンセントや電線の接続箇所の発熱、トラッキング現象や各種の短絡(ショート)が主な原因になっています。電気回路の接続箇所であるコンセントの差込口や、壁の中のコンセントと電線の接続箇所や電線同士の接続箇所は内線規定どおりに接続しなければなりません。
コンセントに差し込んだプラグが緩いとか、電線の接続点での電線の差込不足があると接触抵抗が大きくなり、電流が流れると発熱します。発熱すると長い間には銅線が錆びたりなまったりして、ついには発火することとなります。
これらの対策は、
a. 素人は電気工事をしない。
b. 電線と電線の接続は内線規定通りに行なう。
c. コード同士の接続はしないか、する場合はコードコネクターを使う。
d. 差し込みの緩いコンセントや、グラグラするコンセントはすぐに取り替える。
e. 電気が来たり来なかったりするコンセントや照明やスイッチはすぐに取り替える。
f. 焦げた臭いや変な臭いがしたら、すぐに電気工事店に連絡する。
1-1-2 電線同士の発熱
細いビニルコードをエアコンの延長コードにするとか、電工ドラムに巻いたままや束ねたコードを使用することにより、電線が発熱することで絶縁物の変形が始まり、ショート(短絡)して火災に至ることもあります。
これらの対策は、
a. エアコンやホットプレート等の大電流が流れる電気製品には、延長コードを使わず
専用コンセントを設ける。
b. 延長コードを使う時は、十分な太さ(外観の太さではなく中の電線の太さ)のコー
ドを使う。
c. コードは束ねたり、電工ドラムに巻いたまま使わない。
d. 内線規定に合致した電線や漏電ブレーカーを使用する。
1-1-3 トラッキング現象
長い間コンセントに挿したプラグの根元にホコりがたまり、そのホコリが雨や結露や空気中の湿気で電気を通し易くなることがあります。少しでも電流が流れると発熱し、それが加速してついにはホコリが熱により炭化します。そうなると電気を通し易くなり、電流が加速度的に増加して発火に至ります。これらがトラッキング現象です。
プラグとコンセント間の接触不良がこれに加わると、電気製品を使った時の発熱がホコリの炭化を促進することがあり、さらにトラッキング現象が進みます。
これらの対策は、
a. コンセントのプラグ部分はプラグを時々抜いて掃除をする。
b. 雨がかかる所では防水コンセントを使用する。
c. トラッキングの対策をしたプラグや部品に取り替える。
d. 結露や湿気の少ない部屋になるよう換気をする。
e. 差し込みの緩いコンセントはすぐに取り替える。
1-1-4 ショートによる電気火災
テーブルタップや延長コードの上に家具等が乗っていた場合は、長い間にコードが潰れて変形し電線がショートすることがあります。またコードに金属の鋭利な部分がいつも接触していると、コードの被覆が破れてショートすることもあります。
天井裏や壁の中でネズミが電線をかじってショートする場合もあります。電線がショートしたりしなかったりという微妙な状態になると、電線間に火花が散って他の燃え易いものに引火して火災になります。
これらの対策は、
a. テーブルタップはなるべく使用しない。
b. コードの上に家具等が来ないようにする。
c. コードをステップルで止めない。
d. コードの位置を時々点検する。
e. ネズミを駆除する。
1-1-5 地震による電気火災
平成7年1月17日の阪神淡路大震災では、電気が出火原因と考えられる火災が全火災の約1/4を占めました。原因は、転倒した電気ストーブ等の電熱器具の発熱によるものや、転倒した家具等で配線に損傷を受け通電時にショートして発火したものなどがありました。
これらの対策は、
a. 地震で家を離れる時は、停電で
も配電盤の主幹ブレーカーを切っ
ておく。
b. コンセントから電気製品のプラ
グを抜いておく。
c. それもできなければ電気機器の
スイッチを切っておく。
2 水と油の本性を知る
全国の建物火災のうち、天ぷら油からの出火が大変多くなっています。 理由としては近年冷凍食品が大幅に普及してきたことが挙げられます。天ぷら料理をする時は鍋の側から離れないようにしましょう。
天ぷら鍋から白煙が立ち上ってきたら油の温度は約280℃です。天ぷら鍋全体から白煙が大量に立ち上がると油の温度は320度です。油の温度が約370℃になると、ボッと油自体から火が出て燃え上がります。いったん火が付くと、ガスの火を消しても油の火は消えません。どんどん温度が上がり、炎も大きくなり、やがては天井や壁に燃え移ってしまいます。
火を消すには空気を絶つことです。鍋にきっちり合う蓋があれば鍋をかぶせます。炎が大きくて蓋ができない場合は、水に濡らして固めに絞った大きな布で鍋を覆うようにかけます。ガスの元栓を締め、370℃以下になるまで放っておきます。
水を掛けたり、濡れた野菜を投げ込んだりするのは厳禁です。水は油の中で瞬間的に水蒸気になります。この時、水の体積が膨張するので爆発と同じような現象が起こります。
3 変化する炎の先を読む
火災発生時には、通報・初期消火・避難を同時に行うことです。 火災を発したら、直ちに大声で 「火事だ!」と叫んで他人に火災を知らせることです。就寝中ならば、他の人をたたき起こします。火災発生時に 「火事だ!」と大声を出すことがもっとも重要です。
次に、手伝ってくれる人を含め消火器等による消火が可能かどうかを判断します。消火器がない場合や、消火が困難なほど火災が拡大している場合で、消火活動に自信のない場合は直ちに避難を開始します。
避難するときも大声で 「火事だ!」 と叫び続けながら避難をしてください(大声を出すことで冷静さを取り戻すこともできます)。また、避難に余裕のある場合は、消防署へ連絡(通報)してください。
避難前にすべきことは、
a. 大声で他の人に火災が発生したことを知らせる。
b. 避難経路が確保されてかつ消火に自信があるときは初期消火を行う。
c. 炎が天井に達するようになった時は、消火を諦めて避難を開始する。
d. 避難に余裕のある場合は消防署へ連絡をする。
e. 燃えている部屋のドアを閉めて避難する
(部屋を空気不足にし、延焼を遅らせるため)。
ストーブの上に架けた洗濯物やそばにあるカーテンなどが燃え上がって発生した炎は、天井に達した途端に燃焼速度を増します。炎が天井に達してからも消火行動を続けていると、加熱されて温度が上昇した空気は気道に火傷をおわせ、鼻毛が燃えて水ぶくれができ呼吸困難となりパニックを起こします。
消火器を使うときは出口を背にして、逃げるときは後ずさりをします。粉末消火器を使うと部屋の中は真っ白になって何も見えません。燃えている箇所も出口もわからなくなるので、出口に背中を向けて使うのです。
マンションなどは耐火構造のため横へ火災が広がることは少ないのですが、ベランダに洗濯物があると真上の階に燃え移ることが多くなります。
3-1 避難経路の確認
避難経路がいくつかあるときは、どの経路が最も安全か落ち着いて判断します。
・ 非常口までの距離
・ 非常口までに曲がる回数の少ない経路
・ 床に段差のない経路 が判断のポイントです。
ホテルや旅館などでは、自分の部屋から非常口までの経路を部屋に入る前に直ちに確認します。非常口は防犯上の理由から鍵が掛かっている場合も少なくありません。鍵の開け方も確認しておきましょう。出火場所によって利用できない非常口もあるため、必ず2ヵ所の避難経路を確認しておくことが肝心です。段差のないことも重要で、避難の途中で転んでしまうと方向がわからなり、パニックを起こす原因にもなります。また、曲がる回数も重要で、曲がる回数が多いほど非常口にたどり着くことが難しくなります。
3-2 廊下に煙が充満した場合
廊下がすでに煙で充満している場合は、窓からの脱出方法がないかを確かめます。隣の棟の屋根に飛び移れないか、雨樋を伝って地上に下りられないかを確かめます。
昭和55年に栃木県で起きたホテル火災では、廊下から避難できなかった2人の老人が雨樋を伝って4階の部屋から隣の棟の2階の屋根まで降り、その後2階の屋根に掛けられた梯子で地上に避難あいました。いざという時には思いもよらない力「火事場の馬鹿力」が出るものだということを記憶しておいていただきたい。
3-3 煙の中を避難する場合
煙の中を避難する時は、静かに必要最小限に呼吸をしながら歩行します。息を詰めて歩行し、我慢できなくなって煙の中で一呼吸しただけで、倒れたり、倒れそうになることがあります。これは息を止めていたため、一呼吸でも多量の煙を吸込んでしまうためです。濃い煙の中を避難する時は、絶対に息を止めないで少しずつ呼吸をしながら歩行しましょう。
3-4 避難中の心得
避難経路に煙のある時は、タオルのようなもので口と鼻を覆います。タオルは水で濡らす必要はありません。乾いたタオルでも十分です。濡らしたタオルは黒煙の中では目詰まりを起こし、呼吸がしづらくなります。特に、織り目の細かいハンカチや日本手ぬぐいは目詰まりを起こしやすいので濡らしてはいけません。濡らすための水を探している内に避難時間がなくなります。タオルがない場合は洋服を口と鼻に当てても効果があります。
できるだけ低い姿勢で、落ち着いて静かに避難します。煙は天井から順次たまっていくので、床に近いほど煙の濃度が薄く遠くまで見えます。あわてて走ると周りの煙を掻き乱すことになり、上も下も煙の濃さが一様になっつて視界が低下し避難経路がわからなくなります。煙の中では決して走りません。
持ち出し物に気をとられず、身体1つですぐに避難します。 探し物で避難できる貴重な時間を費やし、命を落とした火災事例は時々あります。また、外に出てから再度火災建物に戻らないでください。戻ったために毎年多くの死亡事例があります。
4 煙と競争しない
4-1 煙粒子の大きさ
物が燃えるときに発生する人の目に見える固体及び液体の微粒子を煙と呼んでいます。煙の粒子の大きさは、空気(正確には空中の酸素)の供給量により変化し、酸素が少なければ物はくすぶる状態で燃焼するので白い煙を発生します。このときの煙粒子の大きさは非常に小さく、半ば液状のため衝突するたびに合体して全体の粒子数が少なくなり、人の眼には煙が薄くなったように見えます。
酸素が多く物が炎を上げて燃えているときに出る煙は、概ね黒色で煙粒子の形状は様々な形の固体です。この黒い煙粒子は固体であるため衝突しても1つにはならず、鎖状に連なった状態になります。この典型的な状態が「すす」と呼ばれるものです。現実の火災の煙は白煙と黒煙が混じった状態で存在します。
4-2 煙の拡がる速さ
火災時の煙の拡がる速さは、火元の火勢(燃えている勢い)や建物内の気流(空気の流れ)により異なりますが、廊下など横方向へ拡がる速さは無風状態のときは人の歩く速度と比べるとかなり遅いものです。風のないときに出火と同時に避難行動を開始すれば、煙に追いつかれることはありません。
火災の初期の煙は10cm程度の厚さで天井に張り付くように流れ出し、出口の方向へ広がっていきます。時間の経過とともに煙の層が厚くなり、煙先端の温度が下がるとそれまで天井に張り付いていた煙が一斉に下降し始めます。その結果、非常口などが瞬時に見えなくなります。煙が天井に張り付いているうちに避難することが大切です。
ゆっくり拡がっていた煙も階段の所までくると急変し、人間が階段を上る速さの10倍以上の速さで上昇します。ですから階段室には煙を入れないようにすることが肝要です。最近のビルでは廊下と階段室の間に扉がついていて、火災時には自動的に扉が閉じるようになっています。ただ、扉の前に物を置いていたために火災時に扉が閉まらず、大きな被害を出すという火災事例があることも事実です。普段からの点検・注意が肝心です。
4-3 煙による視界の減少
煙の中では物は見えにくくなります。視界は煙の濃度が高いほど減少し、近くの物しか見えなくなります。煙の濃さが2倍になると視界が半分くらいに減ります。大空間ほど本当の濃度以上に煙の濃さを感じるため心理的に動揺し、時にパニックを引き起こす場合があるということを理解しておくことが必要です。
4-4 煙の刺激性による心理的影響
火災の煙は薄い濃度でも目はちかちかし、涙は出るし、喉がひりひりするという生理的な苦痛から心理的にも動揺します。さらに火災避難時に建物内で視界も減少し、安全な避難方向がわからなくなるのでさらに心理的動揺は激しくなります。
4-5 一酸化炭素中毒
最近の火災で一酸化炭素中毒により亡くなる人が増えています。濃い濃度の一酸化炭素を吸い込むと短時間で中毒症状になりますが、薄い煙濃度中の一酸化炭素は長い時間吸込まないと中毒にはなりません。
避難中に濃い煙を一口吸込んで倒れることもありますが、これは気を失っているだけですから見捨てずに救助しましょう。
5 想定外を乗り越える
連結送水管とは、高層ビルや地下街などに設置される消防活動上のための設備を指します。高層ビルなどで火災が発生すると、ハシゴ付消防自動車などによる外部からの注水では建物内部の消火活動に限界があります。消防ポンプ自動車からホースを延長するのが難しいため、建物内部に配管設備と放水口を設けたものが連結送水管です。
屋内消火栓はポンプを起動して水を出すことができるため、火災に気付いた人が使うことができます。連結送水管は消防隊が使うもので、消防ポンプ自動車に繋がないと水はでません。
連結送水管の設置が必要な対象建築物の基準は消防法で定められています。
a. 消防法によって規定されている
防火対象物でありかつ地階を除く
階数が7階以上の建築物
b. 上記防火対象物であり、5階以上でかつ延床面積が6000平方メートルを越える
建築物
c. 上記防火対象物であり、地下街で延床面積が1000平方メートルを越える建築物
d. 上記防火対象物であり、アーケードで延長50メートルを越える建築物
e. 上記防火対象物であり、道路部分を有する建築物
高層ビルの火災のときでもはしご車は脇役で、消火は階段を使います。階段に物が置いてあったり、燃えやすいものがあると消火の妨げになります。
忘れたころにやってくる災害に対応するため、災害時の行動プロセスを検討して判断する力を養っておきます。判断の基準になるものは、知識であり経験であり、最新の情報です。災害時はこれらを総動員して的確な判断を行い、行動に結びつけることが大切です。
謝辞:文中に掲載した「水と油の本性を知る」写真以外は、プロジェクターで投影されたものを撮影して転載しました。ありがとうございます。