はげちゃんの世界

人々の役に立とうと夢をいだき、夢を追いかけてきた日々

第46章 豪雨の制御技術

中国政府は人工降雨技術で「10年間の降水量が550億立方メートルも増加した」とその実績を誇っている。日本は国家プロジェクトを立ち上げ、気象制御による極端風水害の軽減を目指している。文部省所管の風水害の軽減というのはどのようなものだろう。

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1 豪雨災害から守るために

 1 人工降雨の技術

人工降雨に用いられる技術は「クラウド・シーデイング(雲の種まき)」と呼ばれ、湿度の高い雲の中に氷と似た結晶構造のヨウ化銀などを航空機やロケット弾などで注入すると、水分がヨウ化銀などの粒の周りに集まり、重くなって雨として落下するという仕組みです。

1946年に米国ゼネラル・エレクトリックの化学者によって発見された方法で、クラウド・シーデイングに使用されるヨウ化銀は毒性があります。気候改変の技術が一躍有名になったのはベトナム戦争のときでした。

米軍が北ベトナム軍の動きを封じるため、戦場に人工的に雨を降らせる作戦を極秘に展開し、この作戦が1972年に米国のメデイアによって明らかにされました。これを契機に米国内外でその使用に対する懸念が高まりました。

1978年には「軍事的又はその他の敵対的な気候改変技術の使用禁止に関する国際条約」が締結・発効し、中国もこの条約を2005年に批准し、1960年代から気候改変の技術の習得・改善に熱心に取り組んできました。

中国は特に熱心で、中国北西部の広大な乾燥地帯に気候改変の技術で雨を降らせ、耕作地を拡大させることが狙いでした。北京オリンピックの開会式当日の天気予報は雨でしたが、中国は開会式前に強制的に雨を降らせることで雲をなくすことに成功しました。

2020年5月、中国政府は人工的に雨や雪を作り出す「気象改変プロジェクト」の対象地域を、これまでの5倍に拡大すると発表しました。中国国務院は、2025年までに550万平方kmをこのプロジェクトの対象にするとしています。

これは中国の国土の約56%に相当する面積です。中国は「クラウド・シーディング」で、農作物の生産や自然災害の防止のために適切な気象状態を作り出そうとしています。現在アメリカや日本を含む多くの国々でも、人工降雨プログラムが実施されています。

2016年6月、中国政府は3千万ドルの予算を投入し、塩とミネラルを詰めた弾丸を空に発射し始めました。その1年後、4機の航空機と「897基のロケットランチャー」を含む膨大な装備の供給に1億6千8百万ドルを投じたとガーディアンが報じています。

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 2 偏西風の蛇行原因か

世界中で異常気象が起きている共通の原因は偏西風の蛇行です。北米地域では偏西風が通常よりも極端に北上したことで、南からの熱い空気が入り込んで異常な高温状態になり欧州地域や中国では偏西風が南下したことで寒気がなだれ込み豪雨に見舞われました。

偏西風とは、北半球の上空を西から東へ吹くジェット気流のことです。高気圧や低気圧の移動に大きな影響を与える偏西風が、このところ大きく蛇行するようになりました。地球温暖化が原因との説もありますが、そのメカニズムは不明です。

しかし、その原因の1とされたのが、中国が人工的に雨を降らせるなどの気候改変プログラムを大々的に実施していることです。2021年7月1日、北京の天安門広場で中国共産党百周年記念式典が開かれ、事前の予報で「雨が降る」ことが指摘されました。

前夜と当日早朝に上空の積乱雲に向けて、数百発以上の降雨ロケット弾を発射し早めに雨を降らせたとされています。中国当局は「ヨウ化銀の使用量はわずかであり人体に害はない」としていますが、どのような測定値が得られたのかデータは公表しません。

米国などでもクラウド・シーデイングの研究が継続されていますが、中国の活動が群を抜いています。今年1月に大型の気象制御無人機の初飛行が成功したことで、有人飛行では不可能だった厳しい気象条件でも人工降雨剤の散布が可能になったそうです。

中国政府は「2006年から2016年までの10年間の降水量が550億立方メートルも増加した」とその実績を誇っていますが、「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」の例えもあります。中国は昨年から夏期の豪雨災害に苦しんでいるのです。

中国の前代未聞の動きについて懸念の声が上がり始めていますが、中国政府は「天候に影響を与えるのは短時間で非常に限定的である。世界の気候に影響を与えるというのは誤解だ」と反論しています。

長江流域では6月から断続的に大雨が降ったことで三峡ダムは建設以来の最高水位を記録し、国内外のメデイアは連日のように「ダムの崩壊が近づいている」と報じました。今年も5月から南部地域を中心に持続的な降雨の影響で洪水警報が発令されましたが、そのタイミングは例年よりも1か月近く早かったのです。下の写真は三峡ダムです。

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 3 中国国内の異常気象

7月に入ると豪雨災害が中国全土で発生する事態になっています。北部地域では内モンゴル自治区でダムが決壊し、北京市でも地下鉄駅が冠水しました。中部地域では四川省や河南省で洪水被害が発生し、南部地域では貴州省が大雨となり、中部地域でも今年「千年に1度の大雨」に見舞われています。

中国新疆ウイグル自治区南部の、タリム盆地に位置するタクラマカン砂漠で近年洪水が多発しています。また、豪雨とともに干ばつという異常気象も発生しているのです。アジア最長の水路である長江の水位は記録的な低さとなり、一部流域では降雨量が通常の半分以下になり、水力発電所の貯水池の水位も通常の半分にまで減っているのです。

地元メディアによると、干ばつに見舞われた長江周辺の複数の省は、雨不足に対処するため「クラウドシーディング」(雲の種まき)作戦に乗り出しています。湖北省など、多くの省が雨を降らせるため化学物質を搭載したロケットを打ち上げました。

上空の雲が少なく、この取り組みが滞っている地域もあります。四川省や近隣の省では気温が摂氏40度を超えました。ロイター通信は現地の日刊紙四川日報を引用し、四川省の政府機関がエアコンの設定温度を26度以下にしないよう指示したと伝えました。

職員も可能な限りエレベーターではなく、階段を使用するよう求められています。また四川省では数百万人の住民が停電に見舞われ、地元メディアは同省達州市で停電が最大3時間続いていると報じました。

当局は、この地域に多数設置されている水力発電の貯水池の水位が、半分にまで減少しているとしています。電力を一般家庭への供給に回すための緊急措置の一環として、省内の工場は減産や稼働停止を余儀なくされているそうです。

中国政府は、輸入拡大と並行して5年近くにわたって抑制してきた国内の石炭生産の拡大を決定し、北部の山西省と内モンゴル自治区政府は管内200か所の炭鉱に増産を指示しましたが、山西省の降雨量は127ミリに達し、10月の平均降水量の13倍でした。

中心都市の太原市などの降雨量は、平年の20倍超に達し観測史上最大でした。このせいで生産拡大の緒に就いていた山西省内の炭鉱682カ所のうち60カ所が浸水し、閉鎖を余儀なくされました。

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 4 世界の異常気象

米ニュージャーシー州やニューヨーク州などで9月1日から2日にかけて突然の記録的豪雨により、少なくとも44人が死亡しました。米国では今年の夏、64%の国民が暴風雨や洪水などの自然災害に直面したそうです。

欧州でも7月中旬、ドイツやベルギーなどの地域で発生した洪水により複数の町や村が水没し、少なくとも220人が死亡しました。2022年は、類のない干ばつ、洪水、酷暑といった気候災害にしばしば紛争が重なり、世界中の様々な地域に甚大な影響が及び未曾有の飢餓の年となりました。

パキスタンは容赦のない豪雨に見舞われ、何万人もの人々が避難を余儀なくされ、国土の3分の1が水に浸かりました。アフリカでは4期連続で雨季に雨が降らず、人々はぎりぎりの状態に追い詰められ飢きんの脅威が差し迫っています。

9月には2つのハリケーンがキューバとドミニカ共和国を襲いました。キューバ北東部ではハリケーン「イアン」により3万6千軒以上の家屋が被害を受け、52万9千人以上が食料不足に陥りました。ハリケーン「フィオナ」は、ドミニカ共和国の約80万世帯に被害をもたらしました。

アフリカ西部では19か国で豪雨と洪水により500万人が被害を受け、死者数は数百人に上り、生活が壊され何万人もの人々が避難生活を余儀なくされています。100万ヘクタール以上の農地が被害を受け、この地域全体で食料危機がさらに深刻化しています。

アフリカ南部は2022年の最初の数か月だけで少なくとも6回の度重なる猛烈な嵐に襲われ、890人以上が亡くなりました。4月に発生した熱帯暴風雨「ジャスミン」はマダガスカルだけで5千人に被害を及ぼしました。

深刻な干ばつから時を経ずして発生したこの嵐により、非常に乾燥した地面が過剰な水分を吸収できず洪水の危険性が高まります。ネパール西部では10月に豪雨による急速な水面上昇により、洪水や土砂災害に見舞われ、何百軒もの家屋が被害を受けました。

中東の水不足は世界でも特に深刻で、シリアでは10年以上にわたり紛争が続き気候危機が食料不足をさらに悪化させています。降雨量が少なく干ばつが発生し、全国で困難な状況がさらに深刻化しています。天水栽培による小麦や大麦の80%以上が育たなかったのです。

中国の前代未聞の動きについて懸念の声が上がり始めていますが、中国政府は「天候に影響を与えるのは短時間で非常に限定的である。世界の気候に影響を与えるというのは誤解だ」と反論しています。しかし、国際機関の認証を受け得た排水を核汚染水と言い、自らの行為は国際機関の認証を受けようとしない中国側の言い分を鵜呑みにできません。

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2 日本の国家プロジェクト

 1 豪雨と人が共存できる社会

日本の国家プロジェク「ムーンショットが目指す社会」の目標8「気象制御による極端風水害の軽減」をご存じでしょうか。ムーンショットとは、困難は伴うが野心的で夢のある計画を指します。

2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し、極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現するという計画です。これが実現すれば、線状降水帯がもたらす豪雨に悩むことがなくなるはずです。

2030年までに、現実的な操作を前提とした台風や豪雨(線状降水帯によるものを含む)の制御によって被害を軽減することが可能なことをコンピュータ上で実証するとともに、広く社会との対話・協調を図りつつ、操作に関わる屋外実験を開始します。

全世界での気象災害等は過去50年間で5倍に増加し、1970~2019年の経済損失額は3兆6,4400億ドル、死者は200万人超と推定されていることなどから、災害リスクを減らすことが喫緊の課題となっています。

気象災害へのこれまでの取組は、構造物等による被害抑止や、災害発生前の準備や発生時の早期警報発出等による被害軽減等が主でしたが、このままでは今後も激甚化・増加が想定される台風や豪雨に対して限界があります。

近年、観測技術・気象モデル・コンピュータ分野等において技術・性能が大幅に向上したことで、シミュレーション精度が飛躍的に高まり、制御を実施した際の「制御効果」と「自然現象」を切り分けた評価の可能性が拓けてきました。

こうした気象制御のための大気モデルの高度化や、適切な理論の構築に加え、極端風水害による被害の大幅軽減に資する、幅広い技術の特定・確立をあわせて進めることが必要になります。

気象の制御については、我が国や国際社会から広く受容されることが必要です。社会・経済的効果の分析を実施しつつ、社会的な合意形成や倫理的な課題解決、国内外におけるルール形成等を図ります。

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 2 研究開発の方向性

文部科学省は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)を研究推進法人として、ムーンショット目標(令和3年9月28日総合科学技術・イノベーション会議決定)のうち、以下の目標の達成に向けて研究開発に取り組みました。

ムーンショットの目標は、「2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御して、極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現」することです。2030年までに現実的な操作を前提とした、台風・豪雨(線状降水帯によるものを含む)の制御によって、被害を軽減することが可能なことをコンピュータ上で実証し、屋外実験を開始します。

さらに、2050年までに、激甚化しつつある台風・豪雨(線状降水帯によるものを含む)の強度・タイミング・発生範囲などを変化させる制御によって、極端風水害による被害を大幅に軽減し、我が国及び国際社会に幅広く便益を得るという計画です。

  1) 推進すべき分野・領域

台風や豪雨等の極端気象による風水害が激甚化・増加している中、災害に伴う社会的・経済的被害を大幅に抑制して安全安心で豊かな暮らしを実現するためには、インフラの整備・更新や予測情報の利活用など、ハード・ソフト両面からの取り組みを通じた防災・減災が重要です。

災害につながる極端気象自体の強度やタイミング、発生範囲などを変化させることができれば、直接的な被害を回避することや格段に被害を軽減させられる可能性があります。気象に関する研究開発は、古くは農業をはじめとする産業利用、加えて近代においては防災・減災等を目的に、莫大な資金と期間をかけて着実に進められてきました。

本目標においては、今後も着実に進展し高度化する気象研究と連携し、特に世界的に未検討の部分が多い気象の制御理論を構築することや、それに則った制御技術の開発が大きな課題となります。

そのため図1に示す通り、制御理論の構築、それに必要不可欠な極端気象の理解の深化と精度良く表現する気象モデルの高度化を通した予測精度の向上を目指した研究開発、並びに社会的・技術的・経済的に実現が受け入れられる制御技術の開発が必要となります。

加えて、気象制御はそれがもたらす経済や社会の影響や、水資源の分配の変更、想定外の被害発生の可能性等を有しています。社会実装にあたっては国内あるいは国際的な合意形成が事前に必要であるなど、倫理的・法的・社会的課題に対する対応も必須でしょう。これらを推進すべき挑戦的な研究開発の分野・領域とします。

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  2) 研究課題

ムーンショット型研究開発プログラムでは、図1に示すとおり推進すべき挑戦的な研究開発の分野・領域を定めた上で、ムーンショットの目標である台風や豪雨等の極端気象制御の実現に貢献する挑戦的な研究開発を進めます。

最も効率的かつ効果的な手段を取り得るよう、災害につながる台風や豪雨等の極端気象を対象とし、それら対象の予測精度の向上、被害の回避・軽減を可能とする制御理論、その理論の実現に必要な制御技術の研究開発に取り組みます。

予測精度の向上については、国内外で数多くの観測・気象モデル等を利用します。具体的には、気象の理解の深化を進めるとともに、新しい数理科学の知見を適宜取り入れ、気象モデルの高度化を実施する必要があります。

制御理論については、気象モデルと制御技術をつなぐ新しい研究領域であり、様々な研究分野からの参入と新しい展開が期待されます。このような新たな知見などを積極的に取り入れつつ、大きな効果を得られる制御法を生み出す制御理論に関する研究開発を行う必要があるのです。

可能性のある様々なアイデアの社会的・技術的・経済的な実現可能性を確認しつつ、目的とする極端気象の制御可能性を気象モデルで確認する、という研究開発が必要です。なお、複数の操作手法を組み合わせて気象制御を達成することも視野に入れて、幅広い擾乱を起こす可能性のある操作手法を研究対象とすべきでしょう。

加えて、1)で述べたとおり、極端気象の制御がもたらす経済や社会への影響についての検討なども不可欠です。研究成果が実際に使われるようになった場合の影響や問題について、大気現象への影響のような自然科学的側面から検討が必要です。

また、倫理的・法的・社会的な側面からも予め検討して議論を深め、この技術を将来社会が受け止められる土壌を醸成する必要があります。理論的研究や技術開発と並行して進め、相互に関連付けながら総合知を形成していく体制を検討することとしました。

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  3) 研究開発の方向性

・2030年 現実的な操作を前提とした台風や豪雨(線状降水帯によるものを含む)の制御によって被害を軽減することが可能なことを計算機上で実証するとともに、広く社会との対話・協調を図りつつ、操作に関わる屋外実験を開始します。

・2050年 激甚化しつつある台風・豪雨(線状降水帯によるものを含む)の強度・タイミング・発生範囲などを変化させる制御によって、極端風水害による被害を大幅に軽減し、我が国及び国際社会に幅広く便宜と利益を得ます。

すでに激甚化しつつある台風や豪雨の制御を実現するためには、気象モデルの高度化や観測の実施をするとともに、人工的に与えられる入り乱れから気象制御につなげる制御理論、制御技術の検討を並行して進めます。それと共に社会的・技術的・経済的に実現可能な操作手法を探索し気象制御とマッチングさせることが必要です。

2030年までに制御理論として数値計算による有効性検討から開始し、コンピュータ上で気象制御に繋がる擾乱(じょうらん、入り乱れて騒ぐこと)の特定を行います。その後、必要な擾乱を起こす操作手法の特定を屋内での実験検証等をまじえて行いつつ、小規模の局所的な気象現象に対する屋外実験を開始します。

2050年までに、屋外実験の規模を少しずつ拡大し、対象気象の強度・タイミング・発生範囲などを変化させる制御によって、極端風水害による被害を大幅に軽減する気象制御を確立します。

上記の研究開発を進める際、研究開発の途上で実施する小規模の屋外実験においても、予想される効果や各種影響・リスクを予め評価し明らかにした上で、社会との対話を行うなど透明性をもった進め方が必要です。

また、将来の社会実装の際には、法整備や国内外のルール作り等の対応も必要となります。したがって、これらを解決するための調査検討を研究開発の当初から実施することとします。図2に、本研究開発構想の実現によりムーンショット目標の達成を目指すための研究開発の方向性を示します。

なお、これらを着実に進めるためには、例えば高コストになりがちな操作手法に対して、極端気象の制御と気象エネルギーの回収を同時に実現することによって解決するといった野心的な研究開発など、我が国の気象学や数理科学、制御技術に関わる幅広い理工学分野等の知見を糾合するような研究開発を推進していくこととします。

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また、様々な知見やアイデアを採り入れ、ステージゲートを設けてステップ毎にアイデアの可能性を確認しながら、目標達成に向けた研究開発を推進することとします。

特に制御技術については、社会的・技術的・経済的な実現可能性を確認した上で本格的な研究開発を開始する必要があることから、当初から極端気象を対象とした屋外実験等を行うのではなく、フィージビリティスタディ(計算機上での実証や屋内実験)を実施し、安全性を確認しつつ段階的に進めていきます。

参考:目標達成に向けた分析

ムーンショット型研究開発事業ミレニア・プログラムにおける調査研究活動およびその後の検討において分析された内容を、要約してお知らせします。

 1) 目標に関連する分野

図1は、激甚化しつつある台風や豪雨の制御を実現するために取り組むべき分野・要素技術を本研究プロセスの流れの中で示したものです。このように、“制御”を行う上で必須となる現象理解、シミュレーションなどの予測技術といった各技術分野において、要求される技術レベルを達成します。

さらに 倫理的・法的・社会的課題(ELSI) を踏まえたより適切なアプローチを模索した上で、本丸である制御理論と制御技術を確立していくという、挑戦的な研究開発活動が求められます。

 2) 研究開発の動向

気象に関する国際的な仕組みとしては、国際連合の専門機関として世界の気象業務の調和と統一のとれた推進に必要な企画・調整を行う「世界気象機関」(WMO)があります。

WMOにおいても気象改変・気象制御に関するミーティングや報告が継続的に行われ、2015 年には「WMO STATEMENT ON WEATHER MODIFICATION」が発行されるなど、気象改変に関する研究プロジェクトの研究および運用に係るベストプラクティスに関するガイダンスを提供しています。

特に研究に関しては、対象となる気象の科学的理解の深化、観測・予測技術の高度化、気象改変に係る実証的研究における計画性が重要と指摘しています。

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具体的な気象制御に向けた試みは、1900年代中盤より世界で開始されました。このうち、災害をもたらす気象の制御を最終目的とした実験については、1940年代以降に米国で実施されたハリケーンに対する実験が代表例です。

最初の実験は、1947 年に実施された Project Cirrus であり、米国東岸沖の大西洋で実施されました。この実験においては、勢力減衰は確認されなかったものの、ハリケーンを構成する雲の形に変化が現れるなどの成果を得ました。

次の実験は、米国海洋大気庁(NOAA)が1958年と1961年に実施されました。後者の実験においては、風速が10%低減し、実験は成功したと発表されています。

続いて実施された実験は、1962年に開始されました。このとき提案された制御技術は、ヨウ化銀の散布によって「目の壁雲」(台風の目の周りに形成される巨大な壁のような雲)の外側の対流を人工的に刺激するというものでした。

実験は1963年と1969年に行われました。1969年に行われたハリケーンディビーに対する実験では、直後の風速が30%低減したという肯定的な結果が得られました。しかし、当時は気象シミュレーションの精度が低かったことなどから、自然現象と制御効果の明確な峻別ができず、実際に効果があったかどうか科学的に確認されるには至っていません。

その他、大規模なハリケーンに対して人工的な刺激の規模が小さいために効果を疑問視する指摘もありました。以降、ハリケーン制御実験は行われておらず、NOAAにおける研究も予測技術の更なる高度化や現象の詳細解明が主流です。

一方、比較的狭い範囲の降雨実験等については、干ばつ対策や晴天・視界確保等の目的のもと、世界中で実施されています。特に、一年を通して降雨量の少ない地域や、乾期において水資源の確保が難しい地域において、積極的に実施されており、現在は約50か国において人工降雨等の研究が行われています。

日本国内における実験としては、1947年に日本発送電(株)からの依頼を受けた九州大学が、九州電力とともに、在日米軍の協力を得て、航空機からドライアイスを散布する人工降雨実験を行いました。

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その後1951年から1965年頃まで、電力会社などがスポンサーとなって全国の大学や気象研究所が参加し、水力発電機能の確保等を目的として、ヨウ化銀やドライアイスを用いた人工降雨実験が日本各地で行われ、近年においても下表のような研究が行われています。

本目標で制御の対象とする台風や豪雨等について、その気象自体の研究は世界的に研究開発が精力的に進められています。台風については減災・防災上の観点から予測精度の向上が大きな目標となり、特に進路と強度の予測が主たる対象です。

そのための取り組みとしては、高精度な台風観測、データ同化技術開発、数値計算の精度向上などの研究が進められています。特に数値計算において解像度や物理過程などの改良により高精度化は進んでいますが、強度変化や発生などの再現はいまだ難しく、台風の発生・発達・構造・経路等のメカニズムの科学的解明が望まれています。

図4-1~4は、台風の進路・強度の予測精度に係る経年比較です。我が国の台風の進路予測精度は国際的に見てトップクラスにあり(図4-1)、年々精度は向上しています(図4-2)。一方、強度予測については、中心気圧(図4-3)と風速(図4-4)の精度が向上していず、気象制御に向け喫緊の課題となっています。

各地に豪雨をもたらす温帯低気圧については、北半球では北西太平洋と北西大西洋でよく発達する。その形成や強化に関してはグローバルな大気の超長波による基本場の変形、大気海洋相互作用による基本場の変質、海陸分布に伴う地表面摩擦の地理的な分布の影響などが議論されています。

近年では温帯低気圧の発生発達は数値モデルでよく再現されるようになり、短期予報精度は徐々に向上しつつあります。一方、日本において梅雨末期などにしばしば発生する集中豪雨はいまだ予測が難しい現象とされています。

総観規模(水平スケール 3,000~5,000km)の収束や傾圧性・地形など力学的な要素と、湿潤大気の安定度など熱力学的な要素が複雑に作用して発生すると考えられ、現在は特に下層の相当温位を左右する水蒸気量の重要性が指摘されています。

ことから、リモートセンシングをはじめとする様々な観測から下層水蒸気量を推定するための新たな技術や、数値モデルやデータ同化技術の進展が望まれているのです。

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 3) 日本の強み

我が国は、中緯度帯のアジアモンスーン気候に属し、海に囲まれ南北に長く、急峻な地形などの特有な国土条件から、台風や梅雨前線などの特徴的な気候の影響を強く受けています。

そのような中、自然の豊かな恵みを受けつつ、多様な気象災害に対する防災・減災を目的とした気象観測・予測技術を発展させてきました。本目標においては、我が国が持つそれらの強みを活かした研究開発の推進が必要です。

例えば観測技術においては、気象を理解するための詳細かつ高精度なデータ取得が必要であり、特に大気中の水蒸気や雲の状況を正確に三次元観測することが求められています。

我が国においては、偏波ドップラーレーダーを中心とする研究開発が世界に先駆けて進められ、2009年には降水強度を観測できるXバンドマルチパラメータレーダーが都市圏に実装されました。

加えて、雲の状態まで観測可能なマルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダーに関する研究が戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)で進められ、2017年度に世界で初めて実用型の機器を開発し試験運用を開始するなど、観測機器にも強みがあります。

また、気象シミュレーション技術は、スーパーコンピュータ「富岳」をはじめとする計算資源に支えられ発展してきました。例えば、2013年に「京」を使用し達成された 870mメッシュの全球気象シミュレーションは、現時点でも世界最高解像度を維持しています。

また、前掲のマルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダーと、ビッグデータ同化技術を使ったリアルタイム局地気象予報を、世界に先駆けて実験中など、我が国の強みを発揮しています。

図5は、防災・減災関連技術に係る特許出願動向調査の結果です。図5-1の技術区分「豪雨」に着目すると、我が国が高性能降水レーダーをはじめとする時間・空間降水データに係る観測・予測特許の出願数が世界で最も多いことがわかります。

また、防災・減災を目的としたデータ同化・連携技術については、図5-2の通り世界でトップの出願数を誇るなど、実用面での技術開発が進んでいることがわかります。

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 4) 海外の動向

数値シミュレーションを基盤とする「気候変動予測」については、我が国は東京大学、国立環境研究所、気象庁気象研究所、海洋研究開発機構等で独自のモデル開発が行われているなど、各研究コミュニティの潜在能力は高いほうです。特に、極端気象の気候変動との関係については、特筆すべき成果を創出しています。

台風・豪雨等の現象を理解する上で大きな要素となる水蒸気の把握・観測については、未だ研究途上ですが、前述のレーダー開発など、世界最先端の機器が我が国で開発・実用化が進められています。

また、衛星観測においては、日米主導の国際的な協力体制で進めている全球降水観測(GPM)計画において、降水の立体構造を高精度で観測可能な二周波降水レーダー(DPR)の開発を実施し現在観測中です。

さらに、2022年には欧州と合同で打ち上げる EarthCare 衛星にミリ波ドップラーレーダーを開発・搭載する予定であり、雲の中の対流の様子を観測する予定です。このように、気象の理解を深化するための観測技術が我が国の大きな強みとなっています。

30年後の気象制御を目指す際には、今後の気候変動を考慮しながら研究開発を進めることが必要であり、気候変動研究とも連携して実施していく必要があります。そのような中では、気候変動観測・予測ともに日本が持つ強みを最大限に活かし、戦略的に取り組んでいく必要があります。

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参考文献:内閣府、居間からサイエンス(BSアサヒ)など。