1 太陽電池の革命
1 電気の流れ
人類が雷以外で最初に見つけた電気は静電気でした。紀元前600年のことです。ギリシャのタレスという人が琥珀(コハク)を布でこすると、物を引き寄せる力が起きることを見つけました。物を引き寄せる力を静電気と言います。
タレスは琥珀をこすると静電気が発生し、物が引き寄せられるという原理を発見したのです。1600年になると、イギリスのウイリアム・ギルバートが、樹脂や硫黄、ガラスなどにも摩擦による静電気が起きることを確認しました。
静電気に対し1800年頃に、イタリアの物理学者であるボルタによって発明されたものがボルタの電池です。ボルタの電池の電流は、一定の電気が持続して流れ続けるということが最大の特徴でした。
ボルタの電池の構造は、電極に銅板と亜鉛板を使い電解液に塩水や希硫酸を使っていました。ボルタの電池は電気が発生すると電極に変化が起こります。銅板は色が黒くなり、亜鉛板の方は電解液に溶けていってだんだんと小さくなっていきます。
溶け出さない銅板の方をプラス(正極)とし、溶け出して小さくなって行く方をマイナス(負極)と考えました。電気の流れる方向「電流」がプラス(正極)からマイナス(負極)に流れると考えたのは自然のことのように思えます。
ボルタの電池が発明された1800年頃、電気にはプラスの電気とマイナスの電気があるということが知られていました。この時は電流が実際にどういうものなのか、ということが分かっていなかったのです。
乾電池を例に取ると、電流の流れる方向は「プラス」から「マイナス」に流れます。 1800年代の終わり頃に自由電子が発見され、電子の流れは電流の流れと逆で「マイナス」から「プラス」の方向に流れるとわかりました。
電子はマイナスの電気を持っているので、電圧のプラスに引かれマイナスには反発することになります。そのために電子の流れは電流の流れと逆になります。マイナスの電気を持った電子が発見されたので、電流と電子の流れが逆になってしまったのです。
2 太陽光発電の仕組み
太陽光発電は、光電効果を利用した発電方法になります。1839年にアレクサンドル・エドモン・ベクレルによって発見されました。光電効果とは、薄板に太陽光が当たると電流が生じる現象です。
1905年にアルベルト・アインシュタインが発表した光粒子仮説によって、物質により光電効果が異なるメカニズムが解明されました。太陽光の中で最も強い波長は500nmで、500nmの光で内部光電効果を起こす材料がシリコンでした。
太陽の光エネルギーが太陽電池に当たると光電効果が起き、電子に光エネルギーが吸収されます。このエネルギーを持った電子を外部に取り出すことで、電気を発生させることができるのです。電子を取り出す仕掛けとして必要になるのが半導体です。
一般的な太陽電池は、シリコンなどの素材でできている2つ以上の異なる半導体を貼り合わせた構造をしています。異なる半導体同士が接する接合面に光(光子)が当たると、衝突した光子のエネルギーによって電子と正孔が発生し、これらの電荷を帯びた粒子(荷電粒子)が移動することで電気が流れます。
正孔はホールとも呼ばれ、電子が抜けた「抜け殻」のような部分ですが、電子は電気的にマイナスなので正孔はプラスになり、これを運ぶ層がホール輸送層と呼ばれ半導体が使われます。また、太陽電池の仕組みを考える時に忘れてはいけないのが温度特性です。
単結晶シリコン太陽電池・多結晶シリコン太陽電池などの結晶系太陽電池では、一定の温度以上になると出力が低下してしまいます。これを温度特性といい、注意しなければいけないポイントの一つです。
福島第一原発の事故により、原子力発電を疑問視するようになった声も少なくありません。とはいえ火力発電では、二酸化炭素の排出量などから環境問題を悪化させる可能性も指摘されています。そこで、注目されているのが太陽光発電なのです。
単純な仕組みの中でさまざまな素材を組み合わせることで、変換効率を少しでも上昇させることが太陽光発電開発の重点となります。現在の市販品では、エネルギー変換効率20%台がほぼ最高値ですが、将来的には50%以上の商品が誕生しないとも限りません。
3 シリコンの問題点
現在の主流となっている「シリコン」を用いた太陽電池は、寿命が長くて、発電効率が高いという利点がある一方、天候によって発電効率が大幅に落ちるという弱点を抱えていました。その弱点を克服しようと開発が進められているのが「次世代型太陽電池」です。
太陽電池は、材料に半導体が使われています。半導体は光を吸収すると、電子(マイナスの電荷を帯びている)と正孔(プラスの電荷を帯びている)がセットで生まれ、それらが別々の電極に移動していくことで電流が流れて発電します。
電子や正孔の移動距離が長いと、それらが電極まで到達できずに損失となります。従来型のシリコンの場合、太陽電池パネルを薄くすることに限界があるため、光を吸収して生じた電子や正孔が電極まで非常に長い距離を移動するため損失が多くなりました。
しかも、強い太陽光が当たっていると問題なく発電できますが、曇りなどで光が弱くなると、生じる電子や正孔が少なくなるため影響が大きくなります。半導体としてLEDに使われるペロブスカイトという鉱物は、もともと自然界にある鉱石です。
その結晶構造に特徴があり利用価値が高いため、人工的に作ったものが超電導やLEDの材料などに使われていました。人工的に作ったペロブスカイトの結晶を太陽電池の素材に使うと、曇りや雨の日、さらに室内の照明でも発電できることが発見されました。
1995年頃、桐蔭横浜大学院生だった小島陽広さんは、もともとペロブスカイトの特性を調べる研究をしていました。その光を吸収する性質に注目し、もしかしたら光を電気に変える性質を持っているのではないかと考え、宮坂教授に相談しました。
宮坂教授は「基本的には学生がやりたいと言ったことは『まずは試してみるべき』という考えでしたので、『じゃあ、やってみたら』と言いました。しばらく実験をした後、小島さんから『光を当ててみたら微弱な電流が生じた』という報告を受けたのです。
それまで太陽電池の素材としては注目されていなかったペロブスカイトが、発電すると分かった瞬間でした。しかし、いざ本格的に太陽電池の研究開発に着手したところ、すぐに大きな壁にぶつかりました。
4 ペロブスカイトの有用性
本腰を入れて太陽電池を作ると、安定性が悪く、しばらく光を当てると発電しなくなり効率も低くかったのです。2009年に発表した論文は、光を電気に変える効率(光電変換効率)が低いために、世界の研究者からの反応はほとんどありませんでした。
転機が訪れたのは2012年のことでした。ペロブスカイト太陽電池に関心を持った海外の研究者が、「発生した電気を電極に運ぶ部分を液体から固体に変える」という研究を始めたのです。
これにより光電変換効率を3%から10%を超えるレベルにまで上げることに成功しました。その成果を『サイエンス』誌に発表したところ、世界中の研究者の目に留まり、ペロブスカイト太陽電池は一気に注目される存在となったのです。
世界中で研究が重ねられた結果、変換効率は飛躍的に向上して従来の太陽電池に匹敵する25%を超えるまでになりました。今や世界中で推定3万人ほどの研究者がペロブスカイト太陽電池の研究開発に参入し、実用化に向けた開発競争が激化しています。
日本のある化学メーカーで2025年までに実用化することを見据え、大型化を実現しようと研究開発を急ピッチで進めています。大型化は、安定して高い効率で発電するために、太陽電池の面に均一にペロブスカイトの結晶を並べる必要があるからです。
面積が大きくなるにつれ結晶にばらつきが発生し、効率が落ちてしまうのです。このメーカーでは均一に作る技術を磨き、30センチ角であれば結晶のばらつきを抑えて十分に高い効率で発電できる太陽電池を作る方法を確立しました。
ペロブスカイト太陽電池は、物質としての安定性が低く、劣化が早いため耐久性に課題がありました。この課題を解決する方法として、このメーカーでは耐久性が高いシリコンの太陽電池に、ペロブスカイト太陽電池を重ねるという「タンデム型」の太陽電池の開発も行っています。
このタンデム型にはもう一つ大きなメリットがあります。ペロブスカイトとシリコンとでは、それぞれ吸収する光の波長帯が異なるため、二つを組み合わせることで、より広い範囲の波長の光を無駄なく使え、変換効率を高めることができたのです。
環境省は2024年度内に政府施設へのペロブスカイト太陽電池の導入目標を決めました。設置に適した建物や場所を調査し、実現可能な目標を設定します。同太陽電池は現状のシリコン系太陽電池の重さに耐えられない屋根や壁面、窓にも取り付けられるため、導入量を増やせるのです。
東京・霞が関の各府省庁の建物や地方事務所、自衛隊基地など政府の全施設導入対象です。屋上や屋根以外に壁面や窓にも設置します。壁面については、太陽電池を固定するアンカーボルトを打ち込めるコンクリートを基本とし、劣化も考慮して築40年以内を目安とします。
ペロブスカイト太陽電池は材料費や製造コストが安価なため、普及に期待がかかります。積水化学工業や東芝、パナソニックホールディングス(HD)、カネカなどが事業化に向けた開発を進めています。
すでに一部の民間では採用の動きが顕在化しています。東京電力HDは都内に建設する本社ビルについて、積水化学製ペロブスカイト太陽電池を壁面に採用することを決めました。出力は1000キロワット超を計画しています。
現在、政府はシリコン系太陽発電の設置を進めており、22年度末までに各府省庁の900以上の施設に1万5000キロワットを導入済みです。施設更新を予定している防衛省を除くと、政府全体で30年度までに5万7000キロワットを追加設置することになります。
ペロブスカイト太陽電池 は、柔らかく曲がりやすい特徴と塗布や印刷などで製造できるため、さまざまな形状の太陽光パネルにすることができます。「フィルムのような材質の太陽電池」を思い浮かべて頂くとイメージが湧きやすいかもしれません。
さまざまな形状に対応できるため、これまで設置できなかった場所にも太陽光電池を取り付けることが可能になります。また、ペロブスカイト太陽電池 は、従来の シリコン太陽電池 よりも「軽く」「薄い」ことも大きなメリットのひとつです。
5 極薄の太陽電池
このメーカーではタンデム型はバルコニーや壁面に設置し、ペロブスカイト太陽電池は透明タイプで窓ガラスに貼り付けるなどして、太陽電池を建物のさまざまな場所に張り巡らせたいと考えて開発を続けています。
両方が共存していくことで、総エネルギー量を高めていくというのが今後の方向性になります。数年先には商品化が始まるでしょう。一人の大学院生のアイデアと、それを尊重する宮坂さんのチャレンジ精神によって誕生した次世代型太陽電池です。
桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授が発見した日本発の技術は、極薄のフィルムに「ペロブスカイト」と呼ばれる結晶の構造をした物質を塗ることで、太陽光を電気に変えることができるというものです。
従来型のシリコンの場合、太陽電池パネルを薄くすることに限界がありました。太陽光パネルに比べて厚さは100分の1、重さは10分の1と薄くて軽いのが特徴です。さらにフィルム状で柔軟性に優れているため、折り曲げて設置することができます。
島国で平地が少ない日本では、太陽光発電に適した土地が少ないと言われていました。これまでは重さがネックとなって設置できなかったビルの壁面や建物の屋上、さらに曲面の部分にも貼り付けることができることになります。
国内では、政府の支援を受けて5つの企業グループが開発を進めています。大阪・島本町にある研究施設の製造装置は、横幅30センチのロール状になっているフィルムに結晶構造の元となる材料を塗り付けていました。
半透明のフィルムが最後の工程を通ると、材料が塗られて黒色になって出てきます。この会社は、精密機器にほこりや湿気が入り込まないよう密閉して保護する技術に長けています。ペロブスカイト太陽電池にも応用することで、実用化が一気に進みます。
6 原料を自給できるが
ペロブスカイトの主な原料はヨウ素で、日本はチリに次ぐ世界2位の生産国です。日本の国土の地下には、ヨウ素を豊富に含んだ地下水があり、ここからヨウ素を取り出すことができる。つまり原料を国内で調達できるということになります。
日本には悲しい歴史がありました。従来の太陽光パネルで2000年代前半まで世界トップのシェアを誇っていましたが、中国との価格競争に敗れて次々と撤退しました。今では世界シェアの大半を中国に奪われてしまっています。
積水化学工業では、2年前から研究所の屋上で世界初となる発電試験を行っています。課題となっている耐久性に問題がないか、フィルムにムラなく結晶構造を塗り効率的に発電できているかなどを確認しています。
屋外の環境で少なくとも10年程度は発電を続けられることが確認できました。今後はフィルムの大型化に取り組み、2025年の実用化を目指しています。NTTデータは来年4月から東京港区のデータセンター壁にフィルムを設置し実証実験を行います。
無数のサーバーが24時間稼働するデータセンターは電力の消費量が多く、ビルの壁に設置した太陽電池で発電できれば二酸化炭素の削減にもつながります。実用性が確認できれば、全国に16あるデータセンターでペロブスカイト太陽電池の導入します。
太陽光パネルの生産で世界トップの中国でも、ペロブスカイト太陽電池の開発が行われています。政府の支援を受けた複数の企業や大学が研究成果を発表しています。イギリスのオックスフォード大学のスタートアップ企業も商品化に向けて開発を行っています。
日本も政府の支援を受けたプロジェクトが動き出していますが、その規模は決して大きいとは言えないレベルです。世界的な開発競争を勝ち抜き、新たなスタンダードを作れるか。政府には他国の動きもにらんだ戦略的な道筋を描くことが求められています。
ただし、宮坂力特任教授は、人類のためになればよいと特許を取得しなかったのです。このため、中国が技術開発の殆どの特許を取得して、他の諸国は開発から手を引きつつあります。宮坂力特任教授の名誉は守れても、日本は再び悲しい歴史をたどりそうです。